万華鏡

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姉と広島駅で別れ、今日宿泊するホテルに着いた。温泉が併設されている、数少ない俺のお気に入りだ。 駅の土産屋で紘子が万華鏡を購入していた。部屋の中で開封して中を覗き込んでいる。 物欲の薄い紘子が物を欲しがるのは珍しかった。万華鏡を少しずつ回しては嬉しそうに見ているその姿は結婚当初の彼女を思い出させる。 「おとうさんも見ない?万華鏡」 万華鏡を受け取る。覗き込んだその世界は、煌びやかに変化していった。 少し回しただけで、こんなに変わるのか。俺たち家族も、変われないだろうか。せめて、今日の姉との会食のように。娘と息子とも一緒に笑い合える日は、来るだろうか──。 「晩御飯食べたら温泉入ろうか」 紘子と外食するとき、彼女の希望を聞いたことが、そういえば無かった。今も俺が決めようとしていた。 「晩御飯、何が食べたい?」 紘子は目を少し見開いた後、考え込んだ。 「おとうさんの食べたいものでいいよ」   まだ半年ある。半年の間に、あと一回だけでも。紘子に自分の望みを口に出せるようにしてやらなければな。
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