万華鏡

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──広島駅に降り立ったのは、初めてかもしれない。 故郷(ふるさと)なのにな。記憶はうっすらとしか無いが、この地にいたのは間違いない。 まともに記憶の中にある故郷は熊本県山鹿市だ。俺という連れ子と共に母親はそこに移り、継父と結婚した。 灯籠祭りぐらいか。山鹿でのきれいな思い出というものは。小さな頃に母と手を繋いで行った。朝陽が産まれる前だったからか、その頃はまだ可愛がってもらっていた。幸せな記憶はそこまでだ。 光の洪水だった。あの当時の俺なら、神様の存在をも信じただろう。今?信じるわけないだろ。朝陽が産まれて以降、可愛がって貰った記憶は無く、娘も息子も家に寄り付かない。側に居るのは紘子ぐらいだ。 今日も紘子はついて来た。「広島の姉を訪ねる」と言ったら不思議そうな表情(かお)をしていた。そうだろうな。両親の離婚で離れた姉の存在について、最近まで語ることは無かったのだから。 姉との待ち合わせは、広島駅のビルにあるお好み焼き屋だった。 「お父さん。お好み焼き屋。4軒あるよ?」 「……広島だもんな」 こういうときの待ち合わせって喫茶店じゃないのか。いいけどな。広島のお好み焼き、食べてみたかったし。余命半年で名物巡りも悪くない。 「ちょっと電話してみるよ」
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