万華鏡

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「あ、いた!仁!……と奥さん」 店の入り口が見える席にわざと座っていた。昔の面影の残る姉が、聞き覚えのある声と共に現れた。無言で軽く手を挙げた。 「初めまして。仁の姉です」 「紘子です」 俺の向かいに座っていた紘子が席を移動した。俺達夫婦の向かいに姉が着席した。 「色々話したいけど。先に注文しようか」 広島に大人になってから初めて来た俺と紘子は、どれを選んだら良いのか正直わからない。 「──この、店の名前と同じやつなら間違いないんじゃないか」 「じゃあ、私もおとうさんと同じもので」 「賢いね。大体店の名前付いてるやつは当たりだよ。すいませーん!」 姉に呼ばれてやってきた店員は、姉に水とおしぼりを出していないことに気付いてなかった。姉が注文を終えたところで指摘してやった。 「ありがとう。水とおしぼり無いと落ち着かないからね」 この指摘をすると娘も息子も嫌そうな顔をする。でも見てみろ、この姉の満足そうな顔を。言われないと出してこないのだから、指摘するのが当然の流れなんだ。俺の感覚は間違って無い。 「──で、どうした?」 「どうしたって?」 「うん十年振りに連絡するとか、何か理由があるもんでしょ」 水を一気に飲み干した姉はテーブルに置かれたピッチャーから水を注いだ。
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