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第2章…06
さっきまでよりも重いあしどりで、わたしは屋上へともどった。茅野は帰っておらず、わたしの足音に敏感に反応して立ちあがる。
まだ居たのかと視線をおくると、どこに行っていたのだと訊かれた。矢野ところだと答えた瞬間、茅野の顔色がかわった。
「……あんた、知っちょったんや?」
「え、あの……」
「なんで、教えてくれんかったんな」
「そんなん、……俺からいいきらんわ……」
泣きそうな顔をしている茅野をみて、責めたてる気持ちがうせる。つねに行動をともにしていた、友達との急なわかれ。
そうだつらいのは私だけじゃない、彼だってつらいに決まっている。そんな彼のことを一方的に、わたしが責めていいはずがない。
その場にすわりこみ、紙袋をじぶんのほうへと寄せた。ホッチキスでとめてある口をひらき、なかに手をいれて確認をした。
手かがみや可愛いノート、ヘアメイク道具やぬいぐるみ。隼斗には似つかわしくない物が、次からつぎへと出てくるではないか。
これらをどんな気持ちで、どんな様子で買い漁ったのだろうか。そんなことを思うと、ふたたび涙腺が崩壊してしまう。
「……なあ、椎名。大丈夫か」
「……うぶな、……大丈夫な、わけ……ねえやんか!」
「ごめん……」
「もう会えんので! ……ばいばいって、言ったんで! 大丈夫なわけねえやんか!」
茅野にあたることは、お門違いだということは承知している。それでもつい、声をあらげてしまった。うつむいた茅野は、動かなくなってしまう。
やつあたりをしてしまった自分に腹がたつ。離ればなれになってしまった現実に、やるせなさがおそう。気持ちのやりばがみつからず、ただ泣くことしかできない。
階下にざわつきを感じた。生徒が廊下へとなだれ出たことがわかった。少しして皐月の声がきこえ、下校時間なのだと理解した。
ほどなくして私の鞄をかかえた彼女が、軽やかに階段をあがってきた。おどり場をまがった瞬間に、彼女の顔がこわばる。
「朱里-。かえ……ろ、どしたん!」
すばやく駆けより、わたしの背中に手をそえる。くいっと茅野を睨んだ彼女は、彼の異変に気づきわたしの顔を覗きこんだ。
話そうとするが、思うように言葉がでてこない。慌てなくていいと、皐月はわたしの背中をさすった。ときおり茅野に視線をうつす。しかし彼はうつむいたまま、なにも語ろうとはしなかった。
「あんな、……隼斗がな、来ちょったんよ」
「え、……学校に?」
「……うん、……おばちゃん、と……な……来てから……」
ひっくひっくなる合間をみて、ゆっくりと説明をした。なかなか話はすすまないが、皐月は急かすことなく聞いてくれる。
わたしの話をきいている茅野が、うっすらと瞳に涙をためていた。堪えきれなくなったのか、すんっと鼻をならし服の袖で涙をぬぐった。
ひととおりの話をおえると、ふたたび涙があふれだした。すでに茅野も歯止めがきかなくなっており、次からつぎへと溢れる涙をぬぐっていた。
どのくらいここで、こうしていたのだろうか。やがて階下は静まりかえり、運動部のこえだけがとおくに聞こえている。紙袋を手に立ちあがった私たちは、誰ともなしに歩きはじめた。
「朱里!」
くつばこをはなれ外にでると、わたしは名前を叫ばれた。ふと顔をあげてみると、正門に光羅と北斗の姿がある。
なまえを呼んだ光羅は、わたしに向かって駆けよってくる。そのうしろを不安そうな表情の北斗が、ゆっくりと歩みよってきていた。
ああ、このふたりも知っているのだ。わたしはすぐに理解した。そして皐月とわたしだけが、そのことを知らされていなかったのだと項垂れた。
「あんな、朱里。あいつな、絶対にはよ帰ってくるけん」
「……なんで? なんでそんなん言えるん」
「あいつも馬鹿じゃねえけん……、絶対に頑張るっちゃ」
「……いつな」
「え、……それ、は」
「わかりもせんくせに、そんなん簡単に言わんでよ! なんでな、なんで隼斗は施設なんかに行ったんな! だれが行かせたんな! なんで、なんで……」
なぐさめようと声をかけてくれた北斗に、おもわず掴みかかってしまう。わかっている、彼に盾つく場面ではない。そんなことは、言われなくてもわかっている。
それでも堪えきれなかった。誰かのせいにしなければ、いまをやりすごすことが出来そうにない。手から紙袋がすべりおち、あしもとに中身が散乱した。
体当たりをするいきおいで北斗にあたるが、彼はだまって全てをうけとめてくれる。やめろと言いながら、光羅がわたしを引き離そうとする。
やらせておけとくちにする北斗の顔は、誰よりも寂しそうな顔をしていた。
「皐月ちゃん。わりいけんど、それ……しばらく預かっちょってくれんかや」
「……あ、はい」
あしもとに散らばった隼斗からの贈り物を、ひとつずつ拾い袋にもどしている彼女。そんな彼女に気づいた光羅は、彼女にそれを持ちかえるように指示した。
強引に引きはなされたわたしは、半ば引きずられるようにその場をあとにする。それでも最後まで、なぜ隼斗が施設に送られたのかと叫びつづけた。
敢えてなにも口にはしない光羅だが、ときおり強くひく腕のちからが物言っている。
泣きながら腕をひかれる光景は、それは異様なものだろう。しかしそんなことなど考える余地もなく、わたしは子供のように泣きつづけていた。
自宅がちかくなり、いくらかの落ち着きをとりもどす。しかし思いきり泣いたわたしの顔は悲惨なもので、呼吸もひっくひっくとしゃくりあげている。
そんな状態でもどってきた兄妹を、従業員たちは好奇の視線でむかえた。とうぜん母も気づいてはいるが、あえて気づかぬふりで私たちをみおくった。
「……じゃあけん、隼斗はいけんって、兄ちゃん言ったやろうが!」
部屋に入るなり振りかえり、光羅は声をあらげた。せっかく治まっていた涙が、ふたたび視界をかすませる。
いつものように兄の胸に顔を埋めるが、まわされた腕がいつもと違って感じる。優しくというよりも、激しくといったほうがしっくりとくる力強さ。そして心なしかその腕は、震えているようにも感じ取れた。
「なあ、兄ちゃん。なんで隼斗は、施設なんかに行ったん」
「……そんなん、知らんわ。じゃけど、今までいろいろやっちょんけん」
「けどな、兄ちゃん。……隼斗ってな、わりいひとじゃねえんで」
「わかっちょる! ……そんなんは、……兄ちゃんだって……知っちょんのよ」
知っている、わかっていると繰り返す。その声がなんとなく悔しそうに聞こえてしまうのは、わたしの思い過ごしなのだろうか。どちらにせよ、光羅の言葉にすくわれる。
頭ごなしに彼を悪者のようにいう大人とはちがい、光羅はわかってくれているのだ。そう思うと少しは気持ちが軽くなる。
光羅の腕の中で安心して泣きはらし、そのまま意識が遠のいていくのがわかる。急な展開に疲れた脳みそが、現実から離れたいと感じたのだろう。
うすれ行く意識のなかに、微かに光羅が鼻をすする音がきこえた。泣いているのだろうか、確認をする余裕はないままにわたしは意識を手放した。
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