第2章

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05e06372-b755-4005-9b22-6d537bfca6af 第2章…11  あっという間に終わるはずの冬休みが、わたしにとっては長く感じられた。年末のできごとがあってから、外出がしづらい状況になっていたからだ。  まったくの禁止をされていたわけではないけれど、監視の目が厳しくなっていることを感じとらずにはいられなかった。それならば出かけないほうがまし、そんな冬休みだった。  新学期がはじまるということが、こんなにも気持ちを楽にさせるなんて今までにない。いつもより早く家をでて、あの屋上へとむかう。  きっともう和泉(いずみ)は来なくなり、あの屋上はわたしたち三人の居場所にもどる。確信があるわけではないのだけれど、なんとなくそんな気がする。 「うわ……、ど、どしたんな。茅野(かやの)、なんでこげえ早よう来ちょんの」 「あ、椎名(しいな)。……ごめん!」 「は? ……なんがな」  教室へいくことなく、そのまま屋上へと直行した。おどり場をまがった瞬間、頂上で立ちあがる茅野(かやの)が視界にとびこんできた。  こんなに早い時間からここに来て、しかもわたしを見るなり頭をさげ謝罪した理由はなんであろうか。それを訊くべく、彼の近くまで歩みよる。  わざとじゃない、あんなことになるとは思っていなかった。しかし自分の失敗だ、申し訳ないと頭をさげつづける。 「ちょっと、ごめんけど……なに言いよんのか、全然わからんのじゃけど」 「……久我(くが)。……帰省、しちょったやろ」 「あ、ああ……みたいやな。……会えんかったけど」  会えなかったという私のことばに、茅野(かやの)は顔をゆがめる。そして先に行っていた自分は、隼斗(はやと)に会ったのだといった。  そういえば北斗(ほくと)はあの荒れ散らかった状況をみて、茅野(かやの)が何かしっているかもしれないと言っていた。  いまのこのようすからすると、おそらく茅野(かやの)は何かをしっている。決して穏やかなはなしではないことくらい、このわたしですら察しはついた。  ほんの少し身構えて、わたしは彼のはなしを聞くべく階段にすわる。心の準備をするように、ゆっくりと深呼吸をしながら。 「……隼斗(はやと)、元気そうやった?」 「え、あ……うん。思ったより顔色もよかった……、俺がいらんこと言うまでは……」 「いらん、……ことってなんな」 「俺のせいや、俺のせいで椎名(しいな)久我(くが)と会えんかったんや」  茅野(かやの)は自分を責めつづけ、なかなか本題に入ろうとはしない。とにかく自分がわるいといって、しきりにわたしに謝ってくるのだ。  よほど話しづらいことなのだろうか、わたしは急かさずに黙って聞いていた。どんな内容だとしても、それはもう過ぎてしまったことなのだから。  自分が隼斗(はやと)の家についたとき、ちょうど北斗(ほくと)が出かけるところだった。自分が北斗(ほくと)に声をかけ、わたしの名前に動揺してしまったのがいけなかったと話す。  隼斗(はやと)の質問にのせられて、つい和泉(いずみ)のなまえを出してしまったという。俺のせいで誤解をまねいてしまった、なにもないと話しても聞き入れてもらえなかったと。 「……それで、部屋」 「うん、久我(くが)が暴れだして、俺じゃとめれんじゃった」 「おっはよーう。なん、ふたりとも早え……」 「皐月(さつき)。……どうしょう、わたしのせいや」 「……は? なんのはなし」  かばんを放り置いた皐月(さつき)は、どかっと私のよこに腰をおろした。深刻な表情のわたしたちをみて、自分だけ掴めないことに顔をゆがめる。  どこから話せばいいのだろうか、あたまが混乱していてまとまらない。年末の和泉(いずみ)のはなしから始めると、今度は茅野(かやの)が顔をゆがめた。  光羅(あきら)北斗(ほくと)がやってきたとこまでいき、やっと茅野(かやの)は話のつながりがわかった顔をする。光羅(あきら)の拳に血がついていたことは、ここではあえて言わなかった。  ふたりに連れられて隼斗(はやと)の家に行ったこと、部屋は散らかり誰もいなかったこと。翌日の北斗(ほくと)からの連絡で、隼斗(はやと)は施設にもどされたと知ったこと。 「え、なんで久我(くが)の兄ちゃんが迎えに行ったん」 「隼斗(はやと)が、わたしと会って話したいって」 「俺が! ……俺が余計なこと言ったけん、会えんかったんよ」  茅野(かやの)のことばに、皐月(さつき)は首をひねった。なにを言ったのかという皐月(さつき)の問いかけは、すこし低く怒りをおびているようだ。  ふたたび茅野(かやの)の説明がはじまる。だまってそれを聞いていた皐月(さつき)は、納得したようにうなづいた。 「ようするにさ、久我(くが)和泉(いずみ)先輩に、やきもち妬いたってことやんな」 「……やきもちっちゅうか、俺が誤解させてしまったけん」 「じゃあけぇ……誤解して、怒ったんじゃろ? 久我(くが)は、朱里(あかり)んこと好きやっちゅうことやん」 「……ああ、そうでな。そういうことよな。椎名(しいな)、ごめんな。俺のせいで、ちゃんと話ができんなってしまって」  終わってしまったことは仕方がない、これからどうするかを考えようと皐月(さつき)がいった。家族なら面会ができる、伝言なら隼斗(はやと)に届けられる。そう提案したのも、彼女だった。  さっそく行こうという茅野(かやの)に、わたしたちも立ちあがる。放課後までなんて、待っていられない。放ってあった荷物をかかえ、そのまま学校をとびだしてしまう。  通学路をあるく生徒の群れのなか、逆走していくわたしたち。不思議そうに振りかえる同級の視線も、まったく気にはならなかった。  団地の三階、玄関にはとうぜん鍵がかかっている。すこしの戸惑いを振りはらい、おもいきってチャイムを鳴らした。何度目のチャイムだろうか、玄関がひらいた。 「……あんたら、学校はどげえしたんな。隼斗(はやと)もおりもせんのに、なんしに来たんな」 「お、おばちゃんに……頼みがあって……」 「……なんな」 「隼斗(はやと)にな、伝えてほしいことがあるんやけど」 「会えもせんのに、どげえして伝えられるかよ。……あんたらな、もうここに来るのやめよ」  つめたく突き放すような、隼斗(はやと)の母親のことばに固まった。隼斗(はやと)と関わっても、ろくなことにならないと母親はいう。  自分の息子を卑下することばを、どんな気持ちで吐き出したのだろうか。返すことばを失ってしまい、沈黙に寂しさをおぼえてしまう。  三人もそろっていて、誰ひとりとしてくちを開こうとはしない。想いはきっとみんな同じ、しかし言葉にすることができなかった。  翌日も、そのまた翌日も、言葉にできないかわりに、わたしたちは隼斗(はやと)の家に通いつづけた。ろくに相手になどしてはもらえず、門前払いの日々がつづく。  隼斗(はやと)の母親のいうとおり、いつ戻るかわからない主の部屋。それでも彼を想いここに居るのだという、なにか形となることをしたいと思った。 「……あんたらなあ、いい加減にあきらめよって」 「だって……」 「うちのバカ息子も、たいがいじゃけんど……。あんたらも、そうとうのバカタレじゃな。……あんたら、学校にはちゃんと行きよんのじゃろうな」 「うん、行きよる……」 「……鍵、あけとっちゃるけん。じゃけんど、学校はちゃんと行くんで! 放課後と休みの日だけっち、それはちゃんと約束できるか?」  思いが通じたのか根気で負かしただけなのか、主のおらぬ部屋ですごす許可をもらえた私たち。三段ボックスの落書帳も、ひごとに冊数をふやしていく。  読むことが専門だった茅野(かやの)ですら、自ら書きこむことをするようになっていた。 「なあ、茅野(かやの)ってさ……。そんくれえ授業でノートかいたら、頭よくなるかんしれんでな」 「は? うっせえ、ばーか」 「っちゅうか、まず授業でてねえし!」 「それっちゃな! ……てか、やばくね。もうすぐ二年なるんでな。うちら、同じクラスになったら楽しいと思わん?」 「ほんとや、もう二年になるんや……」  もうすでに桜は満開をむかえている。この休みがあければ、わたしたちは二学年になるのだ。はじめて制服に手をとおしたあの日から、あっという間の一年だった。  しかしながらこの短いあいだには、処理しがたいほどの色々な出来事があった。あらためて振りかえり、きゅっと胸がしめつけられる。  新しい学年のスタートに、もしも隼斗(はやと)がもどってきたならば。そんな望みがわきおこり、ちょっぴり切なくも感じてしまう。 「はい、久我(くが)です。……え? あ、はあ……。あ、はい……わかりました」  しんみりとした雰囲気を邪魔するように、玄関ちかくの固定電話が鳴りひびいた。隼斗(はやと)の母親は、とくに慌てるようすもなく電話のそばへとやってくる。  ここへ入りびたっていて気づいたことだが、隼斗(はやと)の母親のこのスタイル。それは決して寝起きだけにとどまらず、つねに動きがゆったりとしているということ。  会話というかいわのない電話に、すこしばかり違和感をかんじる。気になったわたしはそっとふすまを開けて、母親のようすをうかがっていた。  ごく短い通話のあと、母親は置いた受話器に手をそえたまま動かなくなっていた。しばらくすると深いため息をつき、ふっとわたしの方をみる。 「なんな、朱里(あかり)。あんた、見よったんな」 「うん、ごめん。おばちゃん、どしたん?」 「んん……。出かける用事ができたけん、あんたら今日はもう帰りよ」 「すぐに帰れん用事なん?」 「そうじゃな……、遅くなるかもしれんなぁ」 「…………隼斗(はやと)の、こと?」  ためらうように視線をおよがせる、隼斗(はやと)の母親。そして意を決したように、しっかりとこちらを向きなおす。  「隼斗(はやと)が逃げた」という母親のことばに、背筋が凍りつくような感覚をおぼえた。ほかのふたりも同じなのだろう、落書きの手をとめ顔をあげる。  隼斗(はやと)の母親がちかづき、わたしの頭を両手でつつんだ。そして、「なんね、その顔は」といいながら軽くゆする。  揺られるあたまのなかに抱いているイメージ、それは映画などでみる脱獄の図だった。おそらくとても強張った表情で、わたしのあたまは揺さぶられているのだろう。  彼の母親の胸にだきよせられ、ことの状況を聞かされる。ランニングの途中ふらっと列をはなれ、その場で職員に連れもどされたのだという。  計画的な行動ではなさそうなので、繰り返さなければ問題はないだろうと聞かされた。施設に呼びだされたから、自分はいまから行ってくるという。 「おばちゃん、隼斗(はやと)に会うん?」 「どげえじゃろうか。行ってみらんと会えるかどうか、わからんわなぁ」 「そんなら、もしな! もし、隼斗(はやと)に会えたら、訊いてきて欲しいことがあるんやけど」 「……なんな、言うてみよ」  彼女のうでのなかから抜け出たわたしは、正面にたちしっかりと瞳をみつめる。部屋に座っていた皐月(さつき)茅野(かやの)も立ち上がり、わたしのうしろへと揃って立った。  わたしたちが、まいにちここへきて過ごしていることを知らせてほしい。それが隼斗(はやと)にとって迷惑に感じないか、それを訊いてきてほしい。  わたしたちは、この場所で隼斗(はやと)の帰りをまっていたいと思っている。もしも迷惑だと思われたとしても、ずっと待ちたいと思っている。 「じゃけんな、むちゃくちゃなことせんで……はよ帰れるようにな、頑張ってほしいって伝えてくれんかやぁ。わたしな、ずっと待っちょくけんって……」
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