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水が描く神秘
「これは……」
歩道のアスファルトに作られた水溜り。
よく見ればその水溜りから、次の水溜りまで1人分の足跡が続いていた。
それも、ちょうど僕の家の前に出来た水溜りが起点となっているようだ。
「そういうことか……、確かにこれは」
早くしなければならない。
太陽の光線がこの足跡の水分を蒸発させてしまうと、当然のことながら何も残らない。
「こっちか」
僕は急いでその足跡の続く先を目指した。
「はぁ……はぁ……あれ?」
進んでいくと、足跡が途切れた所にたどり着いた。その先には足跡は続いていなかった。
来た道を振り返ってみるが、引き返した形跡もない。ここで完全に途切れていた。
「公園?」
見ればそこには公園の入口――。
足跡に夢中で周りをあまり見ていなかったが、既に10分以上走っていた。
「ここ……しかないよな」
どう見ても足跡が続いている様子はなかったため、僕はその公園へと足を踏み入れる。
湿った階段。水を付けた植物たち。
木から落下してくる雫が腕や頭にぶつかる。
「あ……」
公園の奥、遊具などを通り過ぎてちょっとした橋を渡った先に、その背中はあった。
「先輩っ!!」
「お、早かったね」
「いや……走りましたから」
「そんなに急がなくても。……気付いた?私が残したヒント」
思った通り、足跡は先輩がわざと作ったものだった。
思い通りになって嬉しいのか、先輩は笑顔を僕に向けた。
「はい、足跡ですよね」
「そう。雨上がりの今しか出来ない遊び」
「確かに、雨上がりじゃないとできませんね」
「で、ここに君を呼んだのも、今しかないことがあるからだよ」
「え?」
「ほら、見て」と先輩は指を差した。
その先に……、
「綺麗ですね」
この公園は少し外れた山のような所にあり、街より高い場所に位置していた。
そこから見下ろすことの出来る街の姿と、その上に広がる虹の姿。雲から溢れた光線が照らす景色。
雨上がりの今だからこそ、調和して姿を現す景色に僕は納得した。
「これを、見たかったの。君と」
気づけば、輝くような先輩の目がこちらを見つめていた。
「何故、僕なんです?」
「ふふっ、やっぱり山本君といると楽しいね」
「からかってますね?」
「だって、面白いんだもん」
引き込まれそうだった。
先輩の微笑む姿。今の僕には先輩のその様子の方が綺麗に見えた。
「いっ、つて」
そんな先輩と、背景に街の景色という贅沢なものを独り占めにしていたのが許せなかったのか、木々の雫が僕の瞼に急降下爆撃を仕掛けてきた。
「ふふっ!大丈夫?」
「目に入った……」
目を瞑っている間、笑い声を聞いて先輩がどんな顔をしているのか想像してしまった。
下を向いて目を擦っていると……、
「本当に楽しい。だから、私は"君が好き"……」
「先輩……今なんて?」
「もう言わないっ!その……、恥ずかしいから」
「あ、あの」
「さぁ、次は何処に行こうか!」
それ以上聞いてほしくないのか、先輩は僕の手を握ってそのまま公園の出口に向けて歩き始めた。
「ちょ、せっ先輩!?」
恐らく見間違いではない――。
聞き間違いもしていない――。
一瞬だけ見えた先輩の顔は、太陽の光線では成し得ないほど赤く焦げた色に染まっていた。
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