贅沢なこと

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 HRが終わり、1組の方に向かう途中で大志がこちらに歩いてくるのが見えた。僕と視線が合うと照れくさそうに片手をあげる。僕は顔の横で小さく手を振った。 「帰ろうか」 「うん、そうだね」  緊張からぎこちない笑顔になってしまう。大志も少しソワソワしているように見えた。  いつもは家に着くまで会話が途切れないけど、今日は会話らしい会話もないまま家に着いた。 「……俺の部屋に来てくれる?」 「うん、行く」  家に通され、階段を一段上がるたびに鼓動が大きくなっている気がする。  大志が部屋の扉を開いた。入って、と言われて先に大志の部屋に入る。扉の閉まる音がやけに大きく聞こえた。  床に座ってスクールバッグを開く。国語の教科書を震える手で差し出した。 「貸してくれてありがとう」 「うん、……中を見てもいい?」  僕が頷くと、大志は右下に目を向けながら教科書をパラパラとめくった。文字を捉えると1ページずつ読み進める。教科書を閉じて大きく息を吐き出した後、泣きそうな顔で笑った。 「すごく嬉しい! 拒否されたらどうしようかって昨日からずっと不安だったから」 「大志でもそんなふうに思うの?」  こんなにカッコよくて、誰からも好かれるのに。 「当たり前だよ。ずっと好きなんだから」 「……僕もずっと大志が好き」  思いが通じ合っているって分かっていても、自分の口で好きって言うのは勇気がいった。  大志が嬉しさを隠しきれないといった表情で僕を抱きしめる。驚きすぎて身体が硬直した。それに気付いたみたいで離れていく。 「ごめん、嬉しすぎて我慢できなかった」 「違うよ、嫌だったんじゃないよ。大志のことが好きすぎて緊張しちゃったの。僕だって嬉しかったよ」 「また抱きしめてもいい?」  大志は腕を広げて首を傾ける。僕は胸めがけて飛びついた。 「抱きしめられたい」  恥ずかしくて胸に顔を寄せて発した言葉はとても小さくなってしまった。そんな小さな声でも拾える距離に大志がいる。僕の背中に腕を回してギュッと抱きしめてくれた。  温かくて優しい腕の中が嬉しくて、ずっとここにいたいと思った。でもやっぱり慣れなくて、ドキドキと心音は加速する。触れ合っているから、大志が同じ鼓動を刻んでいることに気付いた。 「ドキドキして胸が痛い」 「俺も」 「でも離れたくない」 「それも一緒」  大志も僕と同じなんだ。  贅沢だと思っていた。幼馴染以上の関係なんて。  目が潤む。瞬きをすると涙が頬を伝った。大志の制服を濡らしてしまうと思って距離を取ろうとするけど、力強く抱きしめられてしまった。 「汚れちゃうよ」 「いいよ。啓介はさっき離れたくないって言っただろ? それに対して俺もって言った。だからしばらくこのままでいよ」  心なしか大志の声が涙で濡れたように震えていた。これも一緒だったらいいな、と大好きな大志にしがみついた。
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