贅沢なこと

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 待ち合わせの5分前に家を出た。  向かいに住んでいる幼馴染の浅見大志は、いつも時間ぴったりに出てくる。扉を開けて家の前で待っている僕に気付くと、大志は優しく目を細める。それが嬉しくて、待っている5分は胸が弾みっぱなし。  扉が開いた。いつものように僕に微笑みかけてくれる。 「啓介おはよう」 「大志おはよう」 「昨日俺の家で一緒に宿題やっただろ? 啓介の教科書があって、俺のがなかったんだけど、間違えて持って帰ってないか?」  大志の手には『1-5三井啓介』とはっきり書かれた英語の教科書があった。 「ごめん、今日は英語がないから部屋にある。すぐに取ってくるから待ってて」  家に引き返そうとすると腕を掴まれた。 「別にいいよ、面倒だろ? 今日は英語の授業がないなら、教科書貸してよ。帰りに啓介の家に寄るから、その時に交換しよ」 「分かった。じゃあ行こうか」    高校に着くと靴箱で一度別れる。大志は1組だから靴箱が離れている。大志を待たせたくなくて、素早く上靴に履きかえると1組の靴箱に向かった。  大志、と声をかけようとして口を紡ぐ。大志が可愛らしい封筒を持っていたから。多分というか、十中八九ラブレターだ。  大志はアイドルのような甘いマスクで身長は180センチを越えている。優しくて気さくで話しやすい。  そんな彼は幼稚園の頃からとにかくモテた。だけど、どんなに可愛い子からの告白でも首を縦に振ることはなかった。隣にいられるのは幼馴染の僕。  僕は物心ついた頃から大志が好きだった。大志にこの気持ちを気付かれたら隣にいられなくなる。可愛い子が断られるのに、平凡な僕が付き合えるだなんて思っていない。  幼馴染として隣にいられるだけで幸せなんだ。これ以上を望むのは欲深くて贅沢なこと。自分が一番分かっている。 「教室に行こう」  大志が口の端を広げるから、僕は笑顔を作って頷いた。3階まで上がる間、他愛のない話をする。可愛らしい封筒については触れられない。3階で手を振って別れると、教室が離れているから学校で会うことはほとんどない。
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