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28:親交パーティ
ライゼルに体を揺らされ目を覚ました時には既に城に着いていた。時間が無いため息つく間もなく、王城の侍女に身を清められる。
(そうして、あれよあれよと流されていたら……)
ソノラは鏡を見て、目を丸くした。そこには今まで着たこともないような高価なエメラルドグリーンのドレスに身を包む自分がいるではないか。
「ソノラ、準備は出来たか」
「ライゼル様! こんな高価なドレスいただけません!」
「それは今回盗まれたイヤリングを見つけられなかった、せめてもの詫びだ。受け取ってくれ。頼む」
そう言われてしまっては断れない。
ソノラはライゼルに頭を下げた。そうして顔を上げるとライゼルが悲しそうに眉を顰めている。
「ライゼル様?」
「っ、すまない……。君のあの作品を見つけられなかった自分の無能さが悔しくてな。君があんなに一生懸命作ってくれたものを……」
「もうお詫びはいただきましたよ。そんなに思いつめないでください。それにこんなギリギリの時間までイヤリングを探してくれたのですよね? それだけでありがたいですし、もう新しいイヤリングもできていますし!」
「間に合ったのか?」
「はい。なんとかイヤリングにマリアさん達との歌を込めた魔法陣を描きこめました。少し粗削りですがしっかり音は保存されてます!」
少しだけライゼルの顔が綻んだ。相当心配してくれていたのだろう。
「そうか。ひとまずよかった……。では今度はしっかり余自身がイヤリングを預かろう。余も身支度をせねば。……また会場で会おう」
「は、はい! 本当にありがとうございました!」
手をヒラヒラさせ、ライゼルは足早に去っていった。そんな中、ソノラは温かい目を向ける侍女たちに気づく。その侍女達にソノラは見覚えがあった。
「あら? あなた達は……黄金宮の侍女の方々では?」
「覚えてくださり光栄です、音姫様!」
「フィアメール様が今回のことをお聞きになり、ソノラ様を全力でフォローするようにと送り出してくださったのです」
フィアメールの気遣いに感謝しながら、黄金宮のフォローによって身支度を完璧に整えたソノラはヴァルクウェル王国との親交パーティの会場──王城の大広間に向かった。
ソノラが黄金宮の侍女と共に会場に足を踏み入れると、鋭い視線が向けられた。視線の主はボルテッサだ。ボルテッサは意地の悪い笑みを浮かべてソノラの下へ歩いてきている。ソノラはため息をなんとか我慢した。
「聞いたわよ、ソノラ様。不運にも課題物を提出できなかったってね。お可哀想、大丈夫なの?」
「……えぇ。ご心配なく。なんとか作り直しましたから」
「あらそう。まさかその場しのぎの品物で私の魔道具に勝てるとでも?」
「それは……」
それはたしかにそうだ。他の王妃候補達も隣国の国王へ贈るために中途半端な魔道具は作らないだろう。人魚の素晴らしい歌声で誤魔化しているとはいえ、ろくに魔法陣の調整(編集)もしてない素録りの歌声で勝てる自信は正直なかった。
でも。
(盗まれたイヤリングが見つからなかった今、あの歌こそ私ができる最善だったはずだ。ううん、私の力だけじゃない。ライゼル様やマリアさんも協力してくれたのだし! 大丈夫、堂々と胸を張りましょう!)
真っ直ぐボルテッサを見つめる。ボルテッサはそんなソノラに唇をかみ締めた。
「……ほんとに、そういうところが気に入らないのよ貴女は。昔からずっとね!」
そんな捨て台詞をはいてボルテッサは背を向け、エアリスの元へ帰っていった。
「間に合ったようでよかったわ」
気づけばセラがすぐ横にいた。
「セラ様! フランの容態は!?」
「誰に向かって聞いているのかしら? 貴女の侍女はぐっすり寝ているわよ。私特製の栄養ドリンクを飲ませておいたから明日には治癒の疲労もとれていると思うわ」
「そう。……本当によかった」
ソノラはホッと胸を撫でおろした。尤も、セラを信頼していたので何かあるとは思っていなかった。だからこそ今まで第二の試練の課題制作に集中できていたのだが……それでも改めてセラに大丈夫だと言われ、安心するのは当然のことだろう。
「本当になにからなにまでありがとう、セラ様。貴女は私の大恩人ね」
「恩人もなにも……。言ったでしょう、友達を助けるのは当たり前だって。それよりも始まるわよ」
セラが指した方を見ると、城の音楽隊が嬉々として国王登場を知らせるラッパを鳴らす。そしてゆっくりと降りてくるのはライゼルだ。
相変わらず、炎帝としての彼にはどこかギャップを感じてしまう。そんな彼と並んで歩いてくる夫婦がヴァルクウェル国王夫妻なのだろう。
ヴァルクウェル国王は背が低く、小太り。しかしその瞳はどこか吸い寄せられる、自由な青空の輝きを宿していた。王妃も遊び心ある黄金の翼の髪飾りがとても似合っており、細い体を真っ直ぐ伸ばし、凛として歩いている。
威厳と親しみやすさが見事な比率で両立している二人だった。ソノラは他の王妃候補に倣って一礼する。
「ルッツ国王陛下、リヴィア王妃陛下。紹介します。彼女達が余の妻候補達です。皆、順番に挨拶するように」
挨拶する順番は事前に通達されている。王妃候補順位……つまりはセラ、ソノラ、ボルテッサ、マリーナ、エアリスの順だ。
それに倣ってまずセラがそっとドレスの裾を持ち上げる。
「──第一王妃候補、聖姫セラ・エンハンサと申します。ヴァルクウェルの太陽であるお二人にお会いできて光栄でございます」
お手本のような美しい挨拶にソノラは感心した。しかしそんな暇はない。次は自分の番なのだから。
「第二王妃候補、音姫ソノラ・セレニティと申します。お初にお目にかかります」
「音姫……?」
王妃であるリヴィアがソノラの呼び名に反応した。ぱちぱちと長い睫毛をはためかせている。ライゼルが一言説明を添えてくれた。
「彼女は音魔法の使い手です」
「まぁ、なんと……!」
不快だったかしら、とソノラは俯く。しかし次に優しい手がソノラの手を包んだ。
「素晴らしい! 私が所有している楽団にも音魔法の使い手がいるの! ドミニウスの王妃候補にもいるなんてとても嬉しいわ!」
「ッ! あ、ありがとうございます……」
王妃はご機嫌だ。ライゼルがふっと口角を上げたのが分かった。「ほらな? 心配する必要がなかっただろう?」と言っている気がする。
それから順番に王妃候補の挨拶を終えると、さっそく豪勢な食事会が始まった。ライゼルとヴァルクウェル国王ルッツ、王妃リヴィアの三人はまさに親戚のような親しさで楽しげだったが……王妃候補達の表情は硬かった。
それはそうだろう。今日は親交パーティであると同時に“試練”なのだから。
そんな王妃候補達の緊張を知ってか知らずか、食事を終えて大きな腹を撫でながら、ルッツがライゼルに意味ありげに視線を向けた。
「それで、ライゼル陛下。お腹がいっぱいになったところでそろそろ……」
「あぁ。かしこまりました」
ライゼルがにっこり微笑み、背後のガイアに合図をする。そうするとすぐに大広間の扉が開いた。そこから五人の騎士団長達が王妃候補達の課題物をもってくる。
国王が誕生日プレゼントを待ち望んでいた子供のように、待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「それでは、ドミニウスからヴァルクウェルへの親愛の証に王妃候補達からの贈り物を。まずはどの王妃候補からにしようか」
そこですぐに手を挙げたのはボルテッサだった。
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