掴める雲だと思ってた

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「掴めそうな雲だったんだよなぁ」  河川敷、まだ青々というには鈍い色の芝生に腰を下ろし桐生はそう言った。昨日まで白球を握っていた手を伸ばし虚空を何度も握り込んでいる。  実際、甲子園出場は夢物語ではなかった。壮行会で「夏の予定は空けとけよ!」と言い放った桐生の自信に嘘はなかったし、放課後の校庭には連日、吹奏楽部が練習する応援歌が響き渡っていた。  地区大会1回戦、9回ウラ2ランホームラン。たった1つの快音が、全ての音を雲の向こうへ連れ去る。観客だった俺にも日焼けの匂いと共にその一瞬がこびり付いている。 「今日から夏休み入りてぇな。恥ずいし」 「意外とカラッとしてんなぁお前」  軽口に軽口を重ねると桐生は微妙な顔で笑った。まだ乾ききっていないカサブタを握られたような、ぬかるんだ土のような顔で。 「甲子園球場、生で見たことなかったんだよ。本当にあんなツタで覆われてんのかなぁ。選手として、見たかったよ」  声が震えたことに気付いたのか、桐生はパンパンに膨れたエナメルバッグを担いで立ち上がった。俺もそれに続く。 「おつかれ」 「……おう」  全てを空が見ていたかのように、都合の良い雨が俺達に降り始めた。
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