1.保護した野良猫

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1.保護した野良猫

 夜の公園。そのベンチにドカッと腰を下ろすと発泡酒を開ける一人のサラリーマン。このくたびれたサラリーマンは村瀬(むらせ)尚生(たかお)。    村瀬は仕事帰りにこうやって、そばのコンビニで買った安い発泡酒を1本だけ飲んでいくのがいつしか日課になっていた。社畜と言うにはぬるいかもしれない……が、ホワイトとはとても言い難い会社のサラリーマンで、趣味も日々の楽しみもないと言ってもいいくらいの日々を送っている。    村瀬の人生はそれほど良いものではなかった。そもそも子供の頃に両親が離婚……DVな父親から逃げて母親に引き取られたはいいが、数年後にはその母親も村瀬を残して男と蒸発。村瀬は親戚に引き取られることもなく施設に入って育った。そこの職員もそこまでいい人たちでもなく、村瀬は見事に自己評価の低い卑屈な人間に成長した。    以前同期だった男に「パワハラなんかしてくるやつはその辺を見抜いている、だからアンタは標的になりやすいのだ」と言われたことがあるくらい、他人から見ても自己評価の低さは顕著なようだ。その同期は唯一とも言える友人であったが、この会社にはさっさと見切りをつけてホワイトな会社に転職していった。   「ぷはっ……こんな安物の発泡酒が唯一の贅沢とかね……」    ベンチにだらしなく脚を投げ出して座り、夜空を仰げばチラチラと星が見える。だからといってロマンチックな気分になるほど村瀬の心は潤っていない。    飲み終わったら帰宅してシャワーも浴びずに寝落ちして、朝は無理やり起きて熱いシャワーで目を覚ます。そして、また仕事に行くのだ。  なんてつまらない人生だ……と思いはするものの、その環境を変えようとすら思えないほど、村瀬は擦り切れて疲れた状態になっていた。不摂生な生活をしているはずなのに病気にもなれず、いっそ通勤途中で事故にでも遭わないかななどとも思う毎日。    ――ううう……――    何か聞こえたか? そう思って村瀬は振り返るが、夜の公園の茂みには何も見えない。でも確かに何か聞こえるようなとスマホのライトをつけて植木の根本を覗き込めば、そこには腹を怪我した野良猫がいた。血の滲んだ腹を隠すように小さくうずくまったまま、時々唸り声をあげているようだ。  
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