序-3

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序-3

 日本各地で新勢力が台頭して動乱の時代に突入したけども、庶民は相変わらず庶民だ。  社会人になって1年が経つ。今日も俺は、相変わらず非リアなオフィスライフを早々に切り上げ、四ツ谷のビルで開かれているとある塾に顔を出した。 オフィスビルの2階の研修部屋は、今日も恒例の賑わいをみせている。  俺は、部屋の真ん中あたりの席に座り、自販で買ったキンキンに冷えたコーラを口にした。 「美味い。やはりコーラは最高だ。」  そう確認の意味も込めてボヤいてみせると、横に着席した青年が話しかけて来る。 「何ボケっとしてんだよ!」  この男は直江 鐘ノ助(なおえ かねのすけ)。俺の大学時代の親友だ。戦略ゲームと将棋が趣味。大人しいグループにいる陽キャラという謎のキャラを確立していた変わり者。たまに抜けてる所があるが、頭のキレは東洋1と言ってやりたいくらい優秀である。ちなみに俺は、彼ことを『カネスケ』と呼んでいる。 「あ?考え事してただけだよ。この間先生が言ってたこと。」 「いやいや無理でしょ。俺達一般庶民だぜ。しかも世間的に言うと、社会カーストの下の方。このご時世だからって流石にね。」  彼はヘラヘラしているが、俺はいたって真剣だ。 「やってみないとわからないだろ。俺とカネスケがタッグを組めばできるって。それに他に仲間を増やせば絶対に!」 「うーん、俺ならともかく。蒼はコミュ症だからな。新しい国家を建国だなんていくらなんでも...。」  彼がちょいと眉を潜める。俺は、弱腰なその態度を見てついつい会話に熱が入った。 「若くて独身で背負うものも大してない身軽な俺達が、一発かまさなくてどうするんだ!」  そして、彼が圧に押されていた所で授業が始まる。  講師の諸葛先生が入ってきた。  諸葛 真(しょかつ しん)、28歳。先生ではあるが、歳が近い俺達にとっては尊敬できる先輩と言った方がしっくりくる。  諸葛先生は変わり者だ。東京大学理科三類を半年で中退後、アメリカの有名大学へ進学。卒業してから、世界を放浪し各地で軍学を学ぶ。そして、当時まだ内戦をしていた国家へ赴き、傭兵の参謀として軍隊に加わり、内戦を終結に導くなど多大な功績を挙げた軍学者であり軍師である。  その後、会社の役員や、政治家の補佐なども務め、20代ながら全知全能と謳われた稀代の天才となる。そして現在では、表舞台ではなく教育者として優秀な人材を育成したいという思いから、セミナーの講師を務めている。  セミナーの内容は主に軍学、心理学、哲学、雑学、自己啓発とその期により様々だ。何か専門的な事を学ぶというよりは、先生の話を聞いて、それぞれ必要な事を学び取っていくというような感じである。  今日は、先週に続き『人の上に立つにはどうすれば良いのか』という議題の授業だった。俺もカネスケも先生の話を聞く時は言わずもがな、仕事以上に真剣だ。  ◇  先生は、講義が終わると自由参加の飲み会を毎回開く。その飲み会は、会社のパワハラ、セクハラ、モラハラまみれの糞みたいな飲み会とは違う。皆が夢や目標について語う。時に意見を激しくぶつけ合い、はたまた何かが始まるきっかけの人脈を作ったりと、毎回飽きる事のない最高の飲み会だ。  そんな場で、今日その時、俺は口にしてしまったのだ。 「俺は新しい国を作って、この国家をひっくり返してやりたい!!!!!」  さすがに意識の高い系の彼らも、これに関してはあまり乗っかっては来なかった。みんな世間で活躍して名を上げ、キラキラした人間になりたいと考えているが、世の中の汚い部分とは向き合いたくないのだろう。中には馬鹿にしてくる輩もいた。  しかし、ここで恥をかいてまでこの話をしたのには訳があった。講義が終わり、居酒屋へ向かう途中の事だ。 「例の計画のメンバーに諸葛先生も加えれば、必ず成功する気がする。だから、飲み会の場で先生に話をしてみるよ。」  そうやって俺は、カネスケに宣言していた。彼は考えながら返答してきた。 「先生が居れば、確かに成功しそうだ。でもさ、そもそも何て説明して誘うの?」 「実はこの途方も無い夢に出会えたのは、先生のおかげでもあるんだよ。先生は高校生の頃、医者を目指していた。  しかし、人を1人助けるのは素晴らしいことだが、国を助けることができれば、更にたくさんの人を救うことができる。そう考えて、医者の道を捨てて大学を中退したと言っていただろ。  そんで世の中は、今まさにそんな状況なんだ。そして俺も、この息苦しい国を見せかけだけじゃない、本当に平等で可能性のある国にしたいんだよ。だから先生ならわかってくれると思う。  それにそもそも、新しい国に作り変える必要がある、って言ったの先生だしな。」  カネスケが鼻で笑いながらも話を合わせてくれた。 「ならさ、やる気見せる為に皆んなの前で言えば?そしたら先生にも熱意が伝わるかもよ。」  俺は、そのカネスケからのアドバイスに少し口角を上向かせ、必ず上手くいくとタカをくくっていたのだ。
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