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序-4
飲み会の後、何かアクションがあるのかと思っていたが、何もなくその日が終わる。帰り道は、恥ずかしさで顔がずっと真っ赤に染まっていた。
夜風に揺られて気を紛らわすついでに、地元のよく行くコンビニに寄る。ついでという理由をつけて、ある人に会う為に。
そのコンビニに入ると、お目当ての女性店員がせかせかとレジを打っている。さりげなくチラチラ見ていると、向こうから声がかかる。
「ん、蒼?」
茶髪のセミロング、濃すぎないメイク。スッピンも可愛い。肌が白く鼻が高い、笑顔が綺麗なその女性。
彼女は紗宙さん、本名は袖ノ海 紗宙。俺の幼馴染みであり同郷の先輩だ。
主に世話になったのは小学生の頃。地域コミュニティで、よく一緒に遊んでもらっていた。
彼女はモテる。俺はモテない。
歳を重ねるたびに距離が離れ、関わるグループもほぼ正反対という状況となり、自然と疎遠となっていた。
しかし、とあるきっかけで再び世間話できる仲に戻り、ここでバイトをしていることを知ってからはちょこちょこ会いにきていたのだ。
「顔赤いけど、どうしたの?」
俺は本当の事を言うにも恥ずかしいので、
「酔っ払ってます!!」
と軽く答えた。
ちょっと待っててと言われて待っていると、彼女がバックヤードから私服で出てきた。どうやら上がりの時間らしい。
交代で、中年の社会から干されたようなオジさんが、カウンターで接客し始めた。あんな風にはなりたくない。毎回感じるキツい感情だ。
2人はコンビニを出て、別れ道の三叉路まで一緒に帰る。
「コンビニのバイトも飽きてきたな。やりたい事も無いし。将来どうしようかな。」
そう言われて俺は想像してしまう。
カネスケ、先生、そして紗宙さんもいたら絶対に凄いこと、楽しいこと、そしてワクワクすることができるかもと。
「ねえ、聞いてる?」
そう言われて我にかえる。
「俺、実は今やり遂げたい事があって、仲間を探してるんですけど...良ければ話だけでも聞いてくれますか?」
紗宙さんは、怪しげな顔でこっちを見た。
「先に言うけど、宗教勧誘はお断りだから。」
ここ数年、ヒドゥラ教などの新興宗教の信者による凶悪な宗教勧誘が相次いでいて、この手の話をすると敏感になる人が増えていた。学生の頃にサークルの勧誘をしていた時でさえ、同じような反応をされることが多々あった。
俺は、誤解を解きつつも、伝えたかった妄想をぶつけてみた。
「馬鹿にされるのを覚悟で話します。
実は今、新しい国を作る為に仲間を募っています。俺は、強き者どもが弱き者たちを虐げるのが当たり前のこの世界を、根本から変えていきたい。
今のこの国は、世界で極めて珍しい個性を重視しない常識。そして、カースト、権力、暴力に無意識の域で支配されています。そして、各地で悲劇が繰り返されている。
故に、1人でも多くの仲間を集めて、この国を良い方向へ引っ張っていければと考えています。」
彼女が興味なさそうに即答した。
「そういうの、あまり興味ないんだよね。」
俺は落胆する。わかってはいたけど、いざ断られるとキツい。
「あえて聞くけど、どうやって国を作ろうとしているの?言っておくけど、中二病みたいな夢物語に付き合う暇はないから。」
「これから考えます!!」
俺がきっぱりと答えると、彼女は呆れた顔をする。
「そういうのは、内容を固めてから話した方が良いよ。」
俺は自分の浅はかさに嘆いた。
そう、この計画は、大まかな流れすらまだ考えていなかったのだ。悔しさと恥ずかしさが入り乱れるなか、三叉路についた。
「なんかあれば、コンビニ来なよ。」
そう言い残した彼女は、反対の道を歩いて行く。
俺は、彼女の美しい後ろ姿を見続けていた。そしてふんわりとため息をついた時、丁度よく日付が変わったのだった。
◇
家に着くと、親父と弟の怒鳴り声、そして母親の悲鳴が響き渡っていた。
就活もせず、婚活もせず、新興宗教に惹かれていく弟。こんな息子に育てた筈がない。そう言い放つ両親。てめえらの子供で生まれた時点で負け組なんだよ。そう人生の失敗を他人のせいにする弟。お前は、家の金をドブに捨てた泥棒猫だな。そう罵る親父。凡人には、教祖の凄さがわからねえんだよ。そうやって、新興宗教ヒドゥラ教の教祖である土龍金友の事を語り出す弟。
親父が弟をリモコンで殴る。弟の呻き声、母親の悲鳴と掠れた声が聞こえてくる。
もううんざりだ。
部屋に戻ると、本棚の隙間に挟まっている何かを手に取った。ふてくされた顔の俺と笑顔の両親、真顔に弟が写っている写真。昔から家族なんてどうでもいい、そう思っていたのだろう。弟も、そして俺も。
机に腰をかけた俺は、いつの間にか深い眠りについていた。
いじめ、
大企業の裏取引、
金と女、
政治不信、
宗教団体と暴力団の台頭、
地球汚染、
紛争、
差別、
無意識のカースト、
国際的な遅れと孤立、
家庭崩壊、
ネット化社会、
革命、
そして宇宙人との交流。
これらの闇や動乱からこの国を救う為、新たな国と新たな時代が必要なのだ。
そう言って、諸葛先生がホワイトボードを指しながら、熱く語っていた講義の夢を見た。
動き出さねば...
俺は、そう夢の中で誓ったのであった。
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