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 部屋の中は暖かい。本とコーヒーの知的な香りが漂い、この場にいるだけで頭が良くなった気分になる。  先生の書斎に案内されると、なぜか彼から話を切り出してきた。 「君が何故、私の元を訪れたのかは大体検討がついている。これからどうしたいのだ?」  息を整えてから話し始める予定が台無しである。だがしかし、切り出されたからには無理にでも話を始めるしかないだろう。 「では申し上げましょう。私は新しい国を作りたいのです。」  先生は、ハッキリと言ってのけた俺のことをおおらかな目で見つめてくる。 「何故かな?」 「この国の現状に不満だからです。  例えるのなら、日本は白蟻に食い荒らされた住宅です。このまま行けば、内から食いばまれるか、外から叩き壊されてしまう。誰かが立ち上がらないと、何も変わらないのです。  私は、見せかけだけの世界なんて、もう結構です。それに、権力や多数派が尊重されている国民意識を、根本から覆したいのです。」  先生の目は鋭く光る。 「それは只のキレイ事。本心は自分をバカにしてきた人間達を見返したいだけじゃないのかな?」  少しの間、言葉を失った。自分自身ですら曖昧で、どこか濁そうとしていた俺の心の奥そこ。それを彼は、透視レンズで観察してくるかのように見抜いてくる。 「ええ、そうかもしれません。  ですが、この国をもっと生き生きとして、透明感のある、争いの無い国家にしたいという思いも本心です。  人間は、誰にでも劣等感や反骨心はあると思います。そのエネルギーを、平和と躍進の原動力にできれば、一石二鳥ではありませんか。」  それを聞いた先生は、研ぎ澄まされたメスで突くように問いかけてくる。 「劣等感や反骨心は、時に悪魔を生み出す。君は自分を抑え込む自信はあるのか?  もし君が、君の大嫌いな権力に溺れた独裁者という名の悪魔になったらどうする?」  言葉が震える。しかし、言い切らないといけない気がした。 「自信しかありません。そしてもし私が悪魔になったら、先生が私を殺してください。」  自信はなかった。いつか行き過ぎた反骨心や劣等感、そして猜疑心が、周りの人間を不幸にするかもしれない。そんな不安でいっぱいだ。  その心をあえて見ないふりをするかのごとく、先生は軽く笑うと頷く。 「そうか、そこまで覚悟しているのか。ちなみに何故、セミナーではなく、個人的にアポイントを取りたがったのかね?」 「先生とサシで深く語り合いたかったのです。」  俺がうすら笑みを浮かべると、先生は浅い相槌を打ち、日本地図を持ってきた。そして、それを指差す。 「君は、国家をどこで建国するべきだと思うか?」 「もちろん東京です。人も多く、日本の首都を支配すれば影響力も絶大でしょう。」 「なるほど、では東京にどうやって建国する?」 「メンバーを募り政党を立ち上げたのちに、クーデターで政府を乗っ取ります。」 「君にそんな影響力と人脈はあるのかい?」 「ありません。だからそれをどうするか考えています。」 「それを解決するには、何年かかるかな?」 「ざっと10年くらいですかね。」 「10年か。多分それ以上かかる。何もない君が、大事業をやってのけるのであれば、相当な覚悟があっても長い年月が必要だろう。仮に成功して建国できたとして、君が死ぬまでに全国統一を成し遂げられる可能性は、極めて低い。なんせ、将来強力な国家にのし上がるであろう勢力が、もう既に誕生してきている。」  言葉に詰まりが生じ始めた。ついさっき考えた薄っぺらい言葉で、彼を説得するなど到底無理な話とはわかっている。しかし、諦められない。 「確かにそうかもしれません。でもやってみないとわからないです。」  すると先生は、一転して笑みを浮かべる。 「挑戦とヤケクソを一緒にしてはいけない。どうせやるのであれば、もっとやりやすい方法を考えねばなるまい。」  ここらで話の風向きが少し違うことに気づいた。彼は意外にも乗り気なのだろうか。止まることなく具体的な話が飛び出てくる。 「それに関東近辺は、様々な勢力が混在し、人や土地の奪い合いが激しくなり、力をつけても消耗も早い。勢力を伸ばすのにも時間がかかるだろう。」 「なら先生の考えを聞かせてください。」  先生は、一呼吸を置いて言葉をためると、頭の中にある考えを大切に披露した。 「私なら、北海道の北、カラフトに政府をつくる。」  この人は何を言っているのだろうか。唖然とするのと同時に非常に興味が湧く。 「カラフトですって!あそこは国外ですよ!  しかも、日本とロシアが共同支配しているとはいえ、ロシアの力が強い。  それに、寒くて食料もなければ、人も少ない。なおかつ列島の端。勝機が見えません。」 「確かにそういう見方もある。だが、ロシアの力が強いとはいえ、ロシアの領土は北半分、南半分は領土未確定地域。今は日露友好の地として、日本の役人とロシアの役人が、数年単位で交互に管轄している。新たに国を建てても違和感は無い。」  だが、彼は引き下がらず、口を挟む間も無く意見を述べ続ける。 「それに、北海道で官軍と対峙している、アイヌ独立運動のリーダーのイソンノアシとその息子サクとは交友関係があってね。彼らにも協力して貰えば、北に一大国家を作ることができる。  現に数日前、軍師として北海道へ来ないかと誘いを受けていた所だ。」  スケールの大きさに只々感心してしまう。そこまで話が進んでいるのなら、先生が国を作れば良いのにと思ってしまった。 「なんか、壮大な計画ですね。そう簡単にいきますか?」  彼は一切迷わず即答した。 「できる!この計画であれば、2年もあれば国の建国くらいまではなんとかなる。そして5年あれば国の基礎作れる。それから8年もすれば、万全の体制で統一事業へ乗り出すこともできるであろう。いや、場合によってはそれ以上早く事が進められるかもしれないな。」  俺は、胡散臭せえと言う感情を見え隠れさせつつも、根拠について尋ねた。すると彼が丁寧に語る。 「約1年後、現在カラフトを管轄しているロシア役人の任期が終わり、日本人の役人が現地入りすることが確定している。だが、現状日本それどころではない。  この期に乗じて、我々が次の日本の役人として現地に入る。そして、そのまま占領してしまうのだ。」 「どうやって次の日本の役人になるのか、そう言いたげだな。」  彼は、冷静に俺の思考を見透かしてくる。俺が唾をゴクリと飲み込むと、彼は具体的に方法を提示してくる。 「方法は2つある。  1つは、私の知り合いに現国会野党の党首であり、政権を取れば次期総理としての期待されている若手、平和の党代表の矢口宗介氏がいる。彼の力を借りて、役人に任命してもらう。  2つめは、任命された役人が現地入りする前に、カラフトへ入り役人を名乗る。」 「それなら前者の方が正当性もあって良いのではないでしょうか?」  先生は、その意見を聞いて微笑を浮かべる。 「君はそう言うと思ったよ。だがね、私は後者を選ぶ。なぜなら、前者だと手続きに時間がかかる。また、国家に知らしめて行くということは、悪目立ちをしてしまう。このご時世、何処の馬の骨かもわからぬ我らが任命されれば、政府の高官、特に首相の大口常丸あたりは、不審に感じ警戒してくるだろう。  だが、後者であれば水面下で動き、手品の如く領土を奪いとることができる。無駄な手間を掛けずに一瞬でだ。どうだね?」  それを聞いて、身震いが止まらない。そんなことできるはずないだろという現実的思考と、先生と一緒ならやれるかもしれないという妄想が心を二分に引き裂いた。そして俺は、出された珈琲をついつい飲み干してしまった。 「確かに自然な流れですね。でも日本政府を完全に敵に回しますよ?」 「今の政府を敵に回して何が悪い。新興宗教に裏で操られ、全国で捲き上る動乱すら制御出来ない。国際社会から置いてきぼりの国家に従っている方が、よっぽど日本人の敵ではないか。  それに、いずれは刃を交えることになる。それが早いか遅いかの違いだ。気にすることはない。」 「なるほど、仰る通りです。後者の案で私は納得致しました。」  それから、意を決して本題へ突っ込んでみる。 「では、私がここへ来た本当の理由を述べます。この計画において是非、先生にも協力をお願いしたい。そう考え、本日ここまでやって参りました。お願いです。どうか一緒について来て頂けないでしょうか?」  先生は、少し考えていたが、意外にもあっさりと回答を出した。 「わかった。私もついて行くとしよう。」  俺の表情は、嬉しさと不安で入り混じる。本当にやる時が近づいて来たのだと。念のためにもう一度尋ねてみる。 「本当に協力してくれるんですか??」  彼は縦に首を振る。そして、こう言い切った。 「だが、やるとなれば時間は無い。北海道へ向かい、まずはイソンノアシらと合流しよう。」  それを聞いた途端、俺の冷めた心に火がともり出す。 「ありがとうございます。では、いつ計画を始動しますか?」 「3日後だ。その日までに準備をして、早朝に上野駅まで来るがいい。」  先生が即答してくる。まるで俺が今日ここに来てこの話をしてくることを知っていたかのように。  俺は、急すぎる展開に戸惑いながらも、動き出した運命の歯車に喜びを感じていた。
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