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1-3
2人で熱く語り合っていた時、玄関のインターフォンが鳴った。対応した家政婦がこちらへやってくる。
「先生。袖ノ海さんがいらしてますが、どう致しますか。」
「おお、通しなさい。」
紗宙さんだ。俺は、どこか恥ずかしくてこの場にいるべきか迷った。しかし、そうこうしている内に彼女が部屋に入ってくる。目が合うと、彼女が驚いた表情で第一声を発した。
「なんでいるの??」
「あ、えっとですね...。」
この前言われたことが頭によぎり、中々言葉が出てこない。どうやって国を作るのか、彼女に堂々と伝えられるくらい自分の考えを整理できていなかった。
しかし彼女は、戸惑う俺を冷めた目つきで見ているのかと思えば、どこか悲しそうな顔をしていた。
とりあえず俺は、冷静を取り戻す為に先生との関係を事務的に話す。すると彼女も同じく、何故此処へ来たのか教えてくれる。どうやら先生のセミナーの事務員として面接に採用されたらしく、その説明を受けに来たのだそうだ。
意外な接点に親近感が湧いたが、そのこと以上に彼女の辛そうな表情が気になった。そして、先生も同じことを気にしていたようだ。
「顔色が悪いようですが、どうかなさいましたか?」
すると彼女は黙り、何かを必死に堪えているようではあったが、耐えきれなくなったようだ。唇を震わせながら、悔しそうに理由を話す。
「実は数日前、両親が殺されたんです...。」
俺は衝撃を隠せなかった。紗宙さんは俯いている。
「一昨日、お葬式があって。まだ少し引きずっているのかもしれません。」
しばらく沈黙が続く。この現実に対して、なんて声をかけたら良いかわからない。重い空気が流れていく中で、彼女が再び経緯を述べた。
「先週、私の両親は、友人の誕生日会に招待されて行っていました。その会は、他にもたくさんの人が参加していて、大いに盛り上がったそうです。家族連れも沢山いて、もちろん幼い子供達もいました。
しかし、それに目をつけた例の子供狩りに襲撃されてしまったのです。その場にいた大人は全員殺され、子供達は連れ去られてしまった...。」
子供狩りとは、ここ最近急増している凶悪犯罪。噂では、ヒドゥラ教団が主導で行なっていると言われているが、証拠が曖昧で定かではない。
犯人は、詐欺の受け子の如く捕まる事は多いが、さらわれた子供の行方は、未だ明確にはわかっていない。故に、犯罪の全貌が見えない闇の深い社会問題となっていた。
先生は、深く考え込んでいる。いくら天才で容赦のない合理的なアイデアを考え出す彼も、感情を持った人の子なのだ。
「なんてことだ...。」
俺はこんな時、どう声をかけたらいいのか余計わからなくなり、何も言わぬままただ辛辣な顔をしながら時間に任せた。またしばらくの間、部屋が沈黙に包まれる。
彼女は、俺と先生が気まずそうにしていることに気付き、申し訳なさそうに会話を切り出す。
「空気崩してしまってごめんなさい。」
先生は、元気のない彼女を落ち着かせるように、静かに首を横に振る。
「大丈夫です。私だって家族が殺されたらそうなるに違いない。」
彼女はそれでも俯いている。それに対して、先生が冷静に言葉をかけた。
「袖ノ海さん。こんな時に言いにくいのですが、今回の採用件は...。」
すると紗宙さんは、ゆっくりと顔を上げた。
「そのまま働きますよ。しばらく部屋に閉じこもりたい気分ですが、そうもしていられませんから。」
先生は、健気に振る舞おうと作ろう彼女を見て、辛そうな顔をしていた。そして、何か考えながら心を無に戻して言い渡す。
「申し訳ないのですが、採用の件は無かったことにできないでしょうか?」
紗宙さんは戸惑う。
「え、どういうことですか?」
先生が話す前に俺が口を出した。
「この前の国を作るって話。先生と共に成し遂げに行くことが決まったんです。」
彼女は呆気にとられていた。先生はコクリと頷いく。そして俺が空気を読まずに熱く語る。
「俺は、国民の生活すら守れないこの国を絶対に変えます。そして、先生とならそれができる。そう確信して決断にいたりました。
採用されたのに申し訳ないのですが、先生は俺と共に北へ向かいます。」
言った後になって後悔した。彼女の現状を知っているのにも関わらず、つい夢物語を暑苦しく語ってしまったからだ。
戸惑いを隠せず挙動不審になりかける。すると紗宙さんは、俺の目をじっと見つめた。
「私も行っていいかな?」
そう言われて何が何だかわからなくなった。意外な回答に、俺も先生も動揺する。どうせ、元気に振る舞おうとした彼女が冗談を言っているだけなんだって。
しかし、彼女の目つきは笑っておらず、真剣そのものであった。
「家に帰っても私一人だし。バイトだけじゃ、ろくに生活できない。それに、どうせなら2人が作る新しい国を見てみたい。」
俺は、多少疑いつつも気分が上がり、嬉しくてすぐさま先生に尋ねる。
「紗宙さんも一緒に来ても良いですよね?」
先生は、簡単には頷かず、彼女の方を向いて尋ねた。
「弟は大丈夫なのですか?」
彼女は、穏やかな口調で話す。
「ええ...。弟は、親戚の家に住むことが決まりましたので。」
「あなたは一緒に行かないのですか?」
「はい。私はもう大人ですから。それに親戚もそこまで裕福ではないので、そこに2人も押しかけるなんて申し訳ないです。」
「そうなんですか。しかし、弟は心配するでしょう?」
「ええ、そうかもしれません。ですが弟には、私という錘を背負って生活して欲しくない。」
どうやら、紗宙さんの弟は、名門私立高校のサッカー部に所属しているそうだ。両親が死んだと知った弟は、学費の負担をかけない為に高校を辞めて働こうとしたらしい。そこで、高校くらい卒業させたい。そう思った紗宙さんは、必死にあてを探したのだという。
結果的に遠い親戚が見つかり、彼の面倒をみてくれることになったのだが、その家は裕福ではなかった。だから自分まで世話になろうとは思えなかったのだという。
「しかし、あなたが急にいなくなったら、大問題に発展するでしょう。」
紗宙さんは、少し考えてから答える。
「弟が先生のこと大好きなのは、ご存知ですよね?」
先生は、照れくさそうに頷き、それから何かを考えている。
「先生の仕事の付き添いで行くって言えば、心配しないと思います。」
「袖ノ海さん。これから危険な目に合うことの方が多くなるかもしれない。それも承知の上で覚悟はできていますか?」
彼女が少しぎこちなく首を縦に振る。俺は、喜んで良いのか彼女を止めるべきなのか、よくわからない感情に陥る。
けど、まさかの展開で内心は嬉しくて舞い上がっていた。
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