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Epilogue Star
わたしの前を行く青地のスニーカー。プレゼントしたばかりの紺色の靴紐が揺れている。
一つ年上になった彼は空を見上げた。
食材がたっぷりと詰まったエコバッグを肩に引っ掛けて、傾いたままトンッと立ち止まる。
「んー。ズレるのは大根の重さかな?」
ちょいちょいと撫で肩からズレるエコバッグを、手こずりながら直す。
買い物帰りの橋の上。
夕暮れが濃くなり、もうすぐ夜が来る。
「アキさーん、今夜は星が綺麗に観られるんじゃないかなぁ?」
振り返った彼に、わたしは苦笑する。
「“星”は後でいいよ、千隼!大根が落ちるじゃん!」
「うっわ! 大根はみ出てるし……も〜」
頬を膨らませながら笑顔は茶目っ気たっぷり。
年上なのに年下みたいな可愛い人だ。
彼を見ながら、それでも瞼の裏には彼の面影。
ニッと笑う顔は大人の余裕で、煙草の匂いが染み付いた掌。何度となく薫を思い出している……。
愛した人が亡くなってから身も心も塞いでいた。
それはもう8年も前の話。
塞いでいた全てを丁寧に開いてくれたのが、もう一人の愛する人。目の前の小柄な背中。
煙草は苦手で、お酒も飲めなくて、夜の10時を過ぎたらウトウトしてしまう。朝は近所の老人達と屈託なく笑いながらラジオ体操にも出掛けるような……薫とは真逆の人だった。
「後回しはだーめ。僕は、アキさんの代わりに“星”を待っているんだから。『アキさんを僕に任せてくださいね』て言いたいんだ。うん、凄く言いたい」
千隼は収まりの悪いエコバッグを「よいしょ」っと地面に置くと中身を整え始める。勢いでズレた眼鏡はそのままだ。
「それにね、一生賭けて“星”を待つのも、探し当てるのも……絶対に僕でありたい」
ーー“星”が見つかったら怖い?
ずっと下向きに生きていくつもりなのかな。
ーー“幸せ”が怖い?
上向きに生きることは悪いことじゃないよ。
『涙でボヤける夜空には“星”じゃなく“哀しみ”しか現れない。泣き止んでご覧?』
俯いたわたしの顔に温かな手を添えた時も、彼の眼鏡はズレたままだった。
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