19人が本棚に入れています
本棚に追加
Dark Night
休日の真っ昼間の交差点、信号は赤から青。
動き出した雑踏の中で、わたしは煙草の匂いが染み付いた彼の手を、着古したジーンズのポケットから無理やり出して繋いだ。
「ほらぁ早く早く! おーそーい!! オープンしたばかりのお店だから、すぐに行列になるって昨日から言ってたじゃん? 苺のジェラートがお勧めなんだって。薫だって好きでしょ苺……」
炎天下で、日陰が満員になるくらいだったし。
ジェラートだって、ふたつ買ったらすぐに全部食べないと溶けちゃうなって心配していた。
それなのに、ポケットから出したばかりなのに繋いだ手は妙に冷たくてーー
「ジェラートが似合うかよ、俺が……ハハッ」
わたしの誕生日の前日に。
彼は、隣でいつも通りダラダラ歩いていたのに。
笑顔がふいに苦痛に歪んで倒れるだなんて、予想もしない出来事だった。
救急車で搬送されたのは大きな病院。
大袈裟じゃないの?と思いながら、立派な待合室で居心地悪く呼ばれるのを待っていた。
『寝不足からの熱中症? あんたはいつもだらしがないからだよ』と文句を言う準備もしていた。
だから、大きな病院には一人はいるよねって顔の威厳のある医師に死に至る病気だと聞かされたときは、何かの間違いでしょ? て本気で思って、それが浸透するまで随分と時間が掛かった気がする。
大泣きして、床にへばりついて、みっともなく周囲の人達にも迷惑を掛けた気が……する。
わたしには薫しか、身を寄せられる人は居ない。
ーー何も見えなくなってた。何処までも真っ暗で、曖昧な記憶しか残らなかったんだ。
最初のコメントを投稿しよう!