第一章 カレーのにおいに導かれ

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「もしかしてさっき、食い逃げするつもりだって警察に捕まろうとしてた?」 図星を指され一瞬、息が止まる。 顔を上げて店主を見るが、彼は視線も上げずに勘定を続けていた。 「軽犯罪でも前科がつけば大変だよ。 就職も難しくなる」 さっきから彼は、なにが言いたいのだろう。 皿を洗う手を止め、じっと彼の顔を見つめた。 「ねえ。 なにか、悩みでもあるんじゃない?」 ようやく顔を上げた店主が、眼鏡越しにじっと俺を見る。 その目は俺を、案じていた。 「よかったら話して見てよ。 話すだけでもだいぶ違うよ」 もしかしてこの人は俺がなにごとかの事情を抱えていると察し、皿洗いを提案してくれたんだろうか。 そう気づくとずっと抑え込んでいた弱い俺が出てきた。 「その」 「うん」 「勤めてる会社が……」 一度話し出すと緩んだ蛇口のようにぽたぽたと言葉が零れ落ちてきた。 詐欺まがいの商品、怒鳴ってばかりの上司、俺を馬鹿にする同僚。 つっかえつっかえの俺の話を、店主は相槌を打つだけして黙って聞いてくれた。
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