第一章 カレーのにおいに導かれ

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これで決定だとばかりに店主が俺を見上げる。 その笑顔を見ていたら、それでなんとかなりそうだと思えるのはなんでだろう? 「……仕事、辞めたいです」 「うんうん。 辞めよう、辞めてしまおう」 促すように店主が頷く。 「仕事、辞めたいです……!」 けれど俺には彼がここまで気遣ってくれてなお、あの上司に辞めたいと言える勇気がなかった。 言えばきっと、怒鳴られる。 今度こそ、殴られるかもしれない。 想像するだけで怖くて怖くて堪らなかった。 「気持ちが決まったなら善は急げだね。 ちょっと待ってて」 店主は携帯を取りだし、どこかへ電話をかけ始めた。 そのあいだにあと少しになっている洗い物を終わらせてしまう。 俺が洗い物を済ませ、渡されたタオルで手を拭いていたら、もう閉店しているはずなのにドアベルがからんと音を立てた。 「もうかずさん、なにも説明せずに『すぐに来い』ってだけ言って切るの、やめてもらえない?」 飛び込んできたのは眼鏡をかけた、スーツ姿で小柄な男性だった。
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