第一章 カレーのにおいに導かれ

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さすがに、それはないだろう。 引き継ぎなどしないといけないに決まっている。 「ブラックな会社は引き継ぎだなんだと出社すると、退職を撤回させようとしてきたり、ほかにもいろいろ無理難題を押しつけてきたりしますからね。 すっぱり明日から行かないのがいいです」 「はぁ……」 そうなんだろうか。 けれど、行かないでいいというならもうあの上司と顔をあわせないでいいわけで、安心する。 「でも、手続きとか……」 「そういうのは僕のほうでやりますから、大丈夫ですよ」 力強く町谷さんが頷く。 それは確かに、ありがたいが。 「けど俺、金がないんで……」 依頼料を払える金がない。 まさか無料なんてないだろう。 「ツケでやってくれるんでしょ?」 話に加わってきた店主が、悪戯っぽく右頬を歪めてにやりと笑う。 「最初からそのつもりで、僕を呼んだくせに」 それに町谷さんは苦笑いで返した。 もしかしたらいつも、こういうことがおこなわれているのかもしれない。 「でも、悪いです……」
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