第一章 カレーのにおいに導かれ

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慰めるように肩を叩きながら、同僚は俺を見下してにやにやと笑っている。 営業トップの彼はなにかと俺に絡んできた。 「正直になんでも話さないで、お客に聞かれたことだけ答えてればいいんだよ。 こっちは嘘なんて言ってない、お客が聞かなかっただけだ」 彼は豪快に笑っているが、そういう詐欺まがいの行為で営業成績を作っているのだろう。 けれど俺にはそれが無理だったし、俺と似たような考えのヤツは入ってきても次々とすぐに辞めていく。 俺も辞めればいいのはわかっていたが、あの上司にその意志を伝える術を持たない。 事務処理を済ませ、会社を出る。 電車の窓ガラスに映るのは背中を丸め、暗い顔をした自分だった。 確かに上司の言うとおり、こんな顔では契約なんて取れないかもしれない。 「……腹、減ったな」 駅を出て、とぼとぼと家に向かいながら腹が鳴る。 今日も昼は食べられなかった。 もっとも、買う金もない。 給料日まであと五日、どうにかやり過ごさなければ。 そのうち、商店街にさしかかった。 小さいながらも活気があり、今のアパートに居を決めたときはいいなと思った。
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