第一章 カレーのにおいに導かれ

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が、この状況では凶器となって襲いかかってくる。 避けたいけれどアパートまでは商店街を抜けるのが最短ルートで、疲れ切っている俺に遠回りをする気力はなかった。 「……はぁっ」 聞くものまでも憂鬱にさせそうなため息をつき、意を決して商店街へと足を踏み入れる。 入り口はたい焼き屋。 美味しそうなほかほかの鯛焼きが俺を誘っているが、ビジネスリュックの肩紐を堅く掴み、目をあわせないように俯いて足早にその前を通り過ぎる。 その次はたこ焼き屋の店頭からソースのにおいが襲ってきたが、無視、無視。 息継ぐ暇もなく、今度は肉屋の店頭から暴力的な揚げ物のにおいが漂ってくる。 もうこの辺りで俺のライフゲージはゼロに近くなっていた。 その後もケーキ屋にうどん屋とやり過ごし、どうにか出口まで来てほっとしたものの。 「うっ」 美味しそうなカレーのにおいがして、足が止まる。 その角にはいい感じにレトロな喫茶店が佇んでいた。 最悪最強の敵、だ。 「いや、ダメ。 ダメだ」 ふらふらと引き寄せられそうになる足を叱咤する。 財布の中には三十二円しか入っていなかった。
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