第一章 カレーのにおいに導かれ

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肉屋でコロッケすら買えないのに、食事などできようはずがない。 なのに足は貼り付けられたかのようにそこから一歩も動かない。 「……きっとにゃん払い、使えるよな?」 そうやって近い未来の自分に前借りするのは嫌だが、そうでもしなければ家に帰り着けそうにない。 そーっとドアを押すと、からんと古風なドアベルの音がした。 ここに越してきて一年が過ぎようとしていたが、店に入るのはこれが初めてだ。 「いらっしゃい」 カウンターの中にいた店主が、にこやかに挨拶をしてくれる。 ワイシャツに蝶ネクタイ、黒エプロンはいかにも喫茶店の主っぽい。 白髪交じりの長めの髪にべっ甲調の眼鏡をかける彼は、柔和な印象を与え、なんとなくほっとした。 「ひとり? カウンター、どうぞ」 彼が視線で指したカウンターの席に腰を下ろす。 よく磨き込まれたカウンターは、艶やかな飴色をしていた。 「メニューどうぞ」 「……ありがとう、ございます」 ぼそりと呟き、目をあわせないように受け取る。 手作り感満載のメニューを捲ってカレーの金額を確認した。 「うっ」
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