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「初めから手放す気なら、優しくしないでくださいよ。
せっかく気を許して懐いた相手から、また捨てられる犬の気持ちも考えてくださいよ」
涙が浮いてきて、ごしごしと袖で目もとを拭う。
「……ごめん」
大橋さんはグラスの水面を見つめたままで、ちっとも俺と目をあわせてくれない。
おかげで気持ちはヒートアップしていった。
「こんなことならあの日、食い逃げだって警察に捕まればよかった。
アンタが俺を拾ったりするから、俺は……!」
「陽一くん!」
大橋さんから強い声を出され、そこで言葉が途切れる。
「僕の軽率な行動がこんなことになってしまって、本当に申し訳なく思っているよ」
本当に申し訳なさそうに彼が頭を下げる。
悪いのは大橋さんではない、勝手に自分の感情を拗らせた俺だ。
けれど意固地になってしまった俺は、詫びられなかった。
「でもね。
僕は犬でも猫でも、もう大事なものを作るのが怖いんだ」
泣き出しそうに笑った彼の目は、濡れて光っている。
それを見て、鈍器で頭を殴られたかのような衝撃が走った。
大橋さんは最愛の人と可愛がっていた犬を失っている。
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