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「なんかひさしぶりって感じがするね」
「そうですね」
大橋さんが俺の前に立つ。
ワイシャツ、蝶ネクタイ、黒エプロン。
白髪交じりの髪も、べっ甲調のボストン眼鏡も、その下の少し垂れた目もとも変わっていない。
この店が一度閉店してから、一ヶ月ほどが経っていた。
「なんかさ。
あの日、陽一くんから素直な気持ちをぶつけられて、僕も素直になってもいいかなって思えたんだ」
なんか彼は恥ずかしそうに笑っているが、素直な気持ちってなんなんだろう。
「昭雅を思い出すからこの店を離れたいっていうのはもちろん、本当だけど。
でも昭雅が死んだあとも常連さんに支えられてこの店を続けるのは楽しかったんだ」
町谷さんをはじめ、常連客はこの店を愛しているようだった。
だから最後の日も惜しみ、たくさんの人が来てくれた。
大橋さんもあの時間は、かけがえのないものだったんだろう。
「もしかして自分がいなくなっても淋しくないように、昭雅がこの店を残してくれたのかなって、初めて思えた。
だから、やっぱり店を続けようって思ったんだ」
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