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財布の中には三十二円しか入っていない。
さらに銀行口座の残高も三桁となれば、待ってもらって下ろしてくるなんて技も使えなかった。
「あの、その、えっと」
口の中がからからに乾いてくる。
給料日まで待ってくれなんてお願いを聞いてくれるだろうか。
そもそもお金を持っていないのに食事をしたなんて、食い逃げだと思われないだろうか。
「その、あの」
食い逃げで警察に捕まればきっと、会社をクビになる。
いや、食い逃げで捕まれば会社をクビになって、あのつらい仕事から逃れられる?
「その、俺、は」
「あー、お客さん、なんとかペイばっかりで、現金持ち歩かないタイプ?」
意を決して食い逃げするつもりだと告白しようとした途端、店主がのんびりと口を開いた。
「いるんだよねー、たまに。
そういう人」
困ったように店主が笑う。
「ねえ、お客さん。
暇、ある?」
レンズの向こうで店主の目が、悪戯っぽく光った。
「皿洗い、頼まれてくれないかな?
それで食事代、チャラにするし」
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