第一章 カレーのにおいに導かれ

9/19

61人が本棚に入れています
本棚に追加
/66ページ
苦笑いで店主が指したカウンターの奥では、食器が山積みになっている。 「それでいいんですか、本当に?」 それでいいなら願ったり叶ったりのはずなのに、どことなく残念に思っているのはなんでだろう? 「ああ。 ひとりでやってるから手が回らなくてね。 やってくれると助かる」 俺を安心させるように、店主はにっこりと笑った。 「じゃあ……」 とりあえず、無銭飲食はこれで許してくれそうだと安心した。 ジャケットを脱いでカウンター席の椅子にかけ、ワイシャツの袖を捲る。 「これ、使って」 店主が渡してくれたエプロンをさらに着け、シンクの前に立つ。 食器はシンクから溢れんばかりになっていた。 俺が皿を洗っているあいだに店主は表の看板を片付け、店じまいをしたようだ。 だから俺に皿洗いなど頼んだのかもしれない。 中に戻ってきた店主は今度、売り上げの計算をしている。 昔ながらの小さなレジ、さらに電卓片手に計算しているし、こんなところでは確かに現金のみだろう。 「こんな時間に帰れるなんて、よっぽどいい会社に勤めてるんだね」
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

61人が本棚に入れています
本棚に追加