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悪魔との出会いは突然だった。
彼はこの世のことを何も知らないような無垢な顔で、俺たちの前にふらりと現れた。悪魔を見つけた三好は、吸い寄せられるように悪魔に近づきその頬を優しく撫でた。こいつがあのユウなのだとすぐにわかった。
ユウは小柄かつ華奢な体格をしていた。錆びた金髪に伸びきって傷んだ襟足。耳にはいくつかのピアス穴の跡があったが、それはもう埋まっていて、今はピアスをしていないようだった。代わりに不相応な指環を指に嵌め、大事そうに両手を握っている。
ユウは俺を見るなり眉をひそめ、上目遣いで隣の三好をみつめた。三好は俺の事を、「大学の友達なんだ」と紹介し、不安げな顔をした悪魔の頭撫でる。目の前で繰り広げられる、恋人同士の触れ合いが、ひどく苦しい。ただ顔を見せただけで、三好の優しさを湧きたたせ、そしてそれを余すことなく喰らい尽くす。あの悪魔が羨ましい。「キミはなんでももっててええなあ」三好がいないうちに囁いた。なんでも持っているのに、それに気づいていない顔をしている悪魔が憎たらしくて仕方なかった。
俺は悪魔の幸せを願った。お前が知らない獣の凶暴な牙。お前が知らない牙の毒の味。お前が知らない獣の欲望すべてを、お前にだけは渡さない。お前は、欲の成す快楽の行く末を一生知らずに生きていけばいい。三好の愛情はお前でも、欲情は俺だけのものになればいい。
俺の言葉に傷ついた顔をしたユウを俺から隠す三好と、彼に取り憑いた悪魔の後ろ姿を見ながら、俺はそんなことを思った。
家に帰ると、三好が落として行ったピアッサーがベッドの下に転がっていた。俺の部屋は、暗く狭い洞窟のよう。今日はここで三好の欲を受け入れる予定だったのに。三好が初めて俺に涙を見せた日から、三好の欲望の住処は、あのプレイルームからこの洞窟へと変わっていた。三好のような日向を生きる男が、俺の住むゴミ溜めの部屋まで堕ちてきたと思うと、同情にも似た喜びの感情が生まれた。このまま俺の元へ堕ちればいい。三好が俺に愛情も優情もくれないなら、奴を支配する感情が色情や欲情だけになればいい。
俺はピアッサーを手にして、左耳上の軟骨に押し当てた。バチン という音が耳の中で反響する。もう、痛みは感じない。むしろ三好との夜が思い出されて恍惚とする程だった。ふとあの人の言葉を思い出す。
「亜蓮、あんたは私みたいになったらあかんよ」
鏡に写った己の身体をまじまじと見つめる。ごめんね母さん。獣に犯された傷がたくさん刻まれたこの身体は俺の宝物なんだ。
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