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彼は優しい男だった。 クラスの中心にいる訳でも、端っこにいる訳でもない。どちらの意味でも目立たない。それなのに、なぜか人が寄ってくる。 それが、彼【三好 和也(みよし かずや)】という男だった。 短髪で、メガネをかけていて、第1ボタンや袖のボタンまでしっかりと留められた制服。ネクタイもちょうどいい太さで締められている。 だからといって堅物くん......というわけでもなく、人を傷つけないくらいの冗談はこぼし、男女見境なく談笑できる柔軟さ。それが彼。 まさに完璧な男だった。 そんな男が俺の名前を呼ぶ。 それは、俺の中で、最も優越感を得られる麻薬であり(たまもの)であった。 俺は、いつの日か和也の【親友】になった。 周りの人間からは、正反対のコンビだと揶揄された。それもそうだ。俺は、和也とは違って、身長は低いし、学力もない。汚い金髪に伸ばした襟足。左耳には縦に2つ、右耳には1つのピアス穴が空いている。真面目そうに見える和也とは正反対。そのくせ、俺は和也以外に友達と呼べるような人間は他にいなかった。 どうしてそんな2人が親友なんかに? 傍から見れば当然の疑問だ。 ある日、俺たちはとある教室で鉢合わせた。 それがきっかけだった。そこは、小さな史料室のような所で、今までの卒業生のアルバムや学校のつまらない歴史なんかがまとめて置いてある、埃っぽい部屋だった。そんな場所で、俺はいつも、父親が作った弁当を独りで食べていた。扉を開けた和也は、その場に躊躇いもなく足を踏み入れた。和也は俺を見るなり、哀しい顔をした。俺はぐちゃぐちゃになった冷凍食品まみれの、お弁当だった汚物を透明のタッパーごと背中に隠した。 和也の手には、ラタンで丁寧に編まれたランチボックスがあった。 「食べるか?」 和也は、そこから手作りのサンドイッチを取り出して俺に差し出した。俺は何も言葉に出来ずに、ただそのサンドイッチを奪い取り、貪り食った。そんな(はした)ない俺の頭を彼は撫でた。俺は泣きじゃくりながら、彼の掌の確かな温度を感じた。 それから、昼の時間は和也と過ごした。教室ではみんなの和也だったのが、ここでは俺だけの彼だった。 和也は俺とは違って、恵まれた人間だった。両親共に高給取りの家庭で、広い屋敷に広い庭。 家の広さは心の広さに比例するとはよく言ったものだと思った。和也の心は海のように広く、そして深かった。和也と過ごす日々は、空っぽだった心の器を満たしてくれた。 俺にとって唯一無二の存在が和也だった。
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