side ①

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高校の卒業式の日、大勢に囲まれていた和也は、 人集りを全て振り避け、俺もとへ来て言った。 「(ゆう)、これから2人で住まないか?」 それから、俺と和也は同居をはじめた。と言っても、彼が親から与えられたマンションの一室に俺が居候するという形だった。 引越しの作業もひと段落し、家具がただ置かれただけの温度のない部屋で、俺たちはお互いの将来について語りあった。和也が、 「ずっとお前といたいなあ」 と言うので、俺は嬉しくなって、この先、一生、彼と共に生きることを約束した。 和也は大学生になった。俺は夜中は居酒屋で働き、昼は美容室のアシスタントとして働いた。俺も専門学校へ行きたかった。でもそんな金はどこにもなかった。 多忙な和也とは、同居していても会える時間は限られていた。それでも良かった。もともと彼は俺なんかと同じ空気を吸っていいような人間ではないとわかっていた。それでも、あの狭く埃くさかった史料室は、こんなにも綺麗な住処へと変わった。2人だけの場所があることが、俺にはこの上ない幸せだった。 和也は優しい男だった。 会える日は、持てる全ての時間を俺に費やしてくれた。俺のために飯をつくり、俺のために風呂を沸かし、俺のために寝床を準備し、俺のために隣で眠った。和也の作るご飯は、全て彼の実家から送られてきた有機野菜で出来ていた。添加物が一切ない、人への優しさで作られたその料理を俺はひとつ残さず食べ尽くした。 和也は俺が何かを報告する度に俺を褒め、俺が何かを懺悔するたびに俺を慰めた。俺の頭を優しく撫でる掌の温もりで、俺の心は瞬く間に満ちていく。そんな毎日だった。 ある日から、和也は夜に家を空けることが多くなった。それでも、俺がアルバイトから帰ってくると温めるだけにしてある手料理と、綺麗にベッドメイキングされた寝室が必ず用意されていた。優しい彼は、愛のカタチのようなものを全て与えてくれた。モノ、時間、言葉、お金、余すことなく全ての優しさをこの俺に与えてくれた。俺は、和也はきっと、和也の全てをこの俺に与えてくれるのだとさえ思った。俺の世界は和也で埋め尽くされて、和也がいなければ俺がいなくなるような気がした。 1度だけ、和也が連絡無しに家に帰ってこない日があった。時計は深夜2時をまわり、俺のお腹も空くを通り越した頃、彼はふらふらとした足取りでリビングに入ってきた。顔は赤く染まり、酒の匂いを纏っていた。俺は、今にも倒れそうな彼を抱え、ソファに投げた。冷蔵庫から天然水を取り出してコップに注ぎ、彼に飲めと差し出した。和也が、笑い上戸だったとは知らなかった。ふふっと笑いながら、彼は俺の名前を呼んだ。「遊、隣に来い」と言われたので、黙って隣に腰掛ける。彼は、どろどろに溶けた目で俺の顔を見つめた。頭を撫で回され、顔を撫で回され、身体中を撫で回された。満足したのか、彼はまたふふっと笑い、俺の顎を掴んで引き寄せた。彼の唇が1度だけ俺の頬に触れた。俺はもう突発的な彼の行動についていくことが出来ず、ただ触れた頬を指で抑えた。そんな俺を見てさらに愉快そうに、彼は俺のピアスをさらりと撫でて、こう言った。 「お前は、ピアス似合わないよ」 俺はその日、集めていたピアスを全部捨てた。 次の日の朝、ゴミ箱に捨てられたピアスを見た和也は定期的に指環(リング)をプレゼントしてくれるようになった。 「こっちの方がお前の細い指に似合うな」 と笑っていた。それから、和也は俺の指をよく見るようになった。指環をつけてない時があると、「今日はつけなくていいのか?」と聞き、すぐに指環をつけるように俺を促した。俺の指に嵌められた指環を見ては、満足そうに笑い、時折俺の指をなぞった。
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