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美容室のアシスタントの仕事が早く終わり、何となく駅をさまよった日があった。 ゲームセンター、映画館、ファミリーレストラン、俺には縁のなかった場所をただぼーっと眺めていた。もう帰ろうかと、改札口へ向かっている最中、偶然にも和也と出会った。 和也の隣には、とある男がいた。 黒髪で伸びた前髪の間から見える切れ長の目が綺麗な男だった。両耳にはジャラジャラと大量のピアスをつけていた。顔面にも、唇の下にひとつ、こめかみにひとつ。 「大学の友達なんだ」 と和也は言った。 隣の男は「どーも」と会釈し、【二見 亜蓮(ふたみあれん)】と名乗った。 彼はモデルみたいな人だった。スラリとしたスタイルは、和也と並んでいても劣ることはなく、2人で並べば一般人とは違うオーラを放っていた。 和也の携帯電話が鳴った。すまん、と言い和也がその場を少し離れると、二見は俺を品定めするように、視線を下から上へと移した。 「ボク、キミにあってみたかったんよ」 「ユウくんって言うんやろ」二見は関西訛りでにこやかに微笑んだ、かと思うと和也には聞こえない小さな声で、 「キミはなんでも持っててええなあ」 と俺に耳打ちした。 確かな嫌悪が降り掛かってきた。 どこの誰が見ても、二見の方がなんでも持っている側の人間であることは明白だった。俺は皮肉を言われたのだと理解した。俺自身はなにも持たない空っぽだと言われたような気がした。 恥ずかしくなって、居てもたってもいられず俺はその場から逃げた。図星だと思った。 「身の丈にあった生活をしなさい」 昔、父親に言われた言葉を思い出した。俺が菓子を強請った時に言われた言葉だった。それは、俺が和也からプレゼントされた指環の1000分の1の価値にも満たないような菓子だった。 その場で涙が出るかと思った。でも、 「遊!待てよ。」 和也が俺を呼んだ。もう歩き出していた足は自然と止まり、そのうち手が引かれた。今にも泣き出しそうな俺を見て、和也は着ていたジャケットを脱ぎ俺の頭に被せた。 和也は二見に「今日はこいつと帰るわ」と言い残し、俺を路地裏へと隠した。 勝った、と思った。さっきまで、和也の世界を占めているのは俺ひとりだけではない、という当然の事実に落胆していたが、それでも占有面積は俺が1番なのだという優越感に襲われた。和也はその指で、零れそうになっている俺の涙を拭い優しく微笑んだ。この時、絶えず優しさを与えてくれるこの男を、本当に自分ひとりのモノにしたいという明確な欲望が芽生えた。
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