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和也は大学を卒業し、父親の会社に入社した。俺はというと、学校とバイトと寮を往復する苦学生。 寮での生活は思った以上に大変だったが、案外楽しいものだった。和也とは、なかなか会えない代わりに電話を通じて連絡を取っていた。洗濯も掃除もなにも知らない俺に、和也は一からやり方を教えてくれた。大抵のことは出来るようになっても、俺は料理だけは一向に上手くならなかった。忙しい生活の中で、飯を作る時間はなかったし、そもそも俺は飯の作り方を知らない。それなのに、冷凍食品もお店のご飯も俺は口に出来なかった。和也の作るご飯で作り変えられた俺の肉体は、食堂のご飯すら受けつけない身体になっていた。 ガリガリにやせ細っていく俺を見かねて、同じカリキュラムの子が、俺に手作りのお弁当を渡してきた。ピンクの可愛らしいお弁当箱、開けるといかにも女の子が作るような色鮮やかなお弁当だった。これなら食べられる気がした。1番メインの唐揚げをつまみ、俺は口に運んだ。「全部手作りなんだ」彼女はそう言った。嘘だ。嘘、嘘嘘嘘嘘。大袈裟に味付けされた、うっすら冷凍庫の匂いを纏っている、俺はこの味を知っていた。あの頃のお弁当を思い出してしまい、俺は彼女の目の前で胃の中のものを全て吐き出した。 それからは、あの頃に逆戻り。仲良くしてくれていた人も俺の周りからいなくなった。別になんとも思わなかった。俺の部屋は、和也からの贈り物で満ちていた。それが全てだった。俺はいつしか感情を失っていった。悲しい出来事も嬉しい出来事も、和也の優しさに触れられる媒体でしかなかった。和也と週一回の電話、和也から定期的に贈られてくる食料やプレゼント。一人で暮らしていても、変わらず俺の世界は和也でいっぱいだった。 そうやって、2年の短い学生生活を終え、 俺は、また和也のもとへ戻る準備をしていた。楽しみで仕方ない。和也と2人だけの住処で、優しさに満ちたあの生活が戻ってくるのだと思うと胸が高鳴った。和也の手料理が食べたい。和也の掌に触れその温度を確かめたい。和也が俺を呼ぶ声で目覚めたい。なにより、和也の優しさを直に浴びたかった。でも、そんなものは全て俺のひとりよがりでしかなかったのだと知った。 一通の手紙が届く。同じ封には招待状。 「俺、結婚するんだ。」 和也とは一昨日に電話したばかりだった。 ふと同居初日の会話が頭によぎる。 この先、一生、共に生きることを誓ったのは、確かに俺だけだったのを思い出した。和也ははじめから、出来ない約束はしない。 彼は優しい男だった。
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