下北沢音楽祭

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下北沢音楽祭

 イギーさんというテナー吹きは『ブラック・ボトム・ブラスバンド』(実名)というニューオリンズスタイルのバンドに所属しており、有名ミュージシャンのレコーディング参加、フジロックや沖縄音楽祭にも出演、紅白でアイドル歌手のバックで演奏したこともある。  誰よりも遅くステージに上り、誰よりも早くステージを降りるという、ミュージシャンにはありえない恥ずかしがり屋な彼が、下北沢音楽祭の説明を始めた。  東京の世田谷区下北沢は、小さな演劇劇場やライブハウスが点在し、役者の卵や売れないミュージシャンが、地方から夢を求めて集まってくる。  毎年7月の初めの週、下北沢音楽祭と銘打って街の角々にフリーステージを設け、ライブハウスでは昼間から多数のバンドの演奏が行われる。  そのオープニングを飾るのが、ブラック・バンド・ブラスバンドを中心として集められた、地元の中高生の吹奏楽部と有志による吹奏楽パレードだという。  常連たちは「学生時代は学校の楽器を使用してて、楽器がないからな~」「ユーフォ買うなら二十万位するし……」「トロンボーン買っても、ウチじゃ吹けないしね」と先ほどの勢いは何処へやら。  私は考えた。ここは常連たちにマウントを取る、大きなチャンス。  幸い、私のパートのクラリネットは金管楽器に比べて安い。ネットオークションならば安く手に入るのではないか?     その日から一週間、ネットオークションの情報を集め、新品で買うと6万円位するYAMAHA製の一番安いABS樹脂のクラリネットを、一万円足らずで落札した。  楽器が届くまでの間、自分が下北沢の街を『京都橘高校吹奏楽部』のような華麗なステップで、吹き歩く姿を夢想していた。
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