キツネは嫁入りしたくない

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ゆっくり歩いて帰宅すると、自転車が自宅前に置かれていた。 「帰すの早いなオイ!」 ともあれ夏休み中に友人と遠出もするので助かった。 そして自転車の籠には大きな木の葉が入っていて、裏側に黒い字で 何か書かれてあった。 『秋口真太郎様 無事に恋しい人の元に行けました。 このまま祝言を挙げたいと思います。 お渡しした虹を、隣の村の方向へと投げてください』 「は?これ?」 俺は手にしていたメロンソーダの缶を見た。 缶は外側が淡い虹色に輝いて点滅している。 「飲みたかったんだけどなーっ!」 と、叫びながら缶を投げた。 すると明らかに俺の投球能力とは関係なく大きく飛んで、隣村のほうへ 消えていった。 「コーン!」 というキツネの鳴き声らしきものが大きく響き、雨上がりに濡れた 露の粒たちを震わせた。 そのあと、大きな虹のアーチが隣の村の方向に浮かび上がった。 「あ、虹だ!」 通行人たちが騒いでスマホで写真を撮っていく。 「秋口くん、虹、虹だよ!」 「え?」 同い年の女子、飯島沙世(いいじま さよ)が、声をかけてきた。 うそだろ、こんなところで会えるなんて。 はい、受験先を同じにした片思いの女の子です。 「よし、写メ撮れた。受験の御守りにしよっと」 うわっ!制服のときはポニーテールにしてるから、髪をおろしてて 新鮮な感じだ!しかも私服のワンピース姿は、雲間から差し始めた 光よりもまぶしかった。 「そ、そうだね、虹だね」 「キツネの嫁入りかな?」 「え?」 「雨上がりに虹が出ると『キツネの嫁入り』って、言うじゃん」 「あぁ、あれかあ」 どうやら婚礼は無事に行えたようだ。 政略結婚を跳ねのけて、駆け抜けた恋の成就か。 なんだかうらやましいな。
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