第10話 道の駅

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第10話 道の駅

 慧の1組の文化祭はクラス演劇。幸い端役で済ますことが出来た慧は、週末、ロードバイクを走らせていた。アニメの影響で乗り始めたものの、競技に出るほどの熱はなく、もっぱら南関東一帯を走り回っている。海の観察以外では慧の唯一の趣味と言ってもいいだろう。自宅から海岸近くの道を南下し、半島の先に新しくオープンしたという道の駅を目指していた。  道の駅と言っても野菜を売っているだけでなく、近傍の海の自然を扱った小さな博物館やロードサイドホテルまで併設されている大きな施設だ。サイクリングコースにも沿ったロケーションなので、レンタサイクルや自転車のメンテナンスルームやシャワーブースまで備えているらしく、慧には格好の目的地でもある。  海が見下ろせる高台の道の駅には1時間とかからず到着した。新規開店とあって駐車場はごった返していたが、サイクルラックはガラガラだった。 「ふぅ、ソフトクリームでも食べようかな」  トイレで手と顔を洗い、さっぱりした慧はショップへ向かった。  うわ。  長蛇の列である。  うーん、ひとまずどこか座る場所とかないのかな。博物館の中なら座れるかな。建物が幾つかあるので、慧はうろうろし、インフォメーションと書かれた建物に入った。おや?  案内嬢らしきスタッフは座っているが、その奥に『ストリートピアノ』と書かれたガラスのブースがある。近づくとピアノの演奏音が聞こえて来る。ガラスの仕切りにはスリットが入っていて遮音はされていないようだ。ストリートピアノだから当然なのかも知れない。  単なる興味本位で慧はそのブースを覗き込んでみた。Tシャツに七分丈ジーンズの少女がピアノを弾いている。  あれ?  私服だけど、あれってあの子じゃないの? 避難訓練で俺を救出した・・・秋丸さん、そう、4組の秋丸翠ちゃん。曲はよく知っている。映画だったかアニメだったかのテーマ曲、『打上花火』だ。  ふうん、で終わる筈だった。また叱られそうだから、見つかる前に立ち去るつもりだった。しかし慧は動けなかった。  瞳が、翠の瞳が、また水晶になっている・・・。  そして翠の唇が動いている。歌っている・・・訳ではなさそうだ。音の合間に声が聞こえる。 「なんで・・・なんでよ・・・」  翠の深い悲しみが、空中に波紋を描いて拡がる。道の駅の喧騒を他所(よそ)に、このガラスで区切られた一角は、打鍵音だけの冷ややかな空間になっていた。ピアノも泣いているようだ。理由は全く判らないけど、それに、俺じゃ何の慰めにもならないけど。 慧は翠の横顔から目を離せなくなった。  水晶が崩れ落ちる。煌めきながら頬を伝う水晶たち。慧は見てはいけないものを見ている気がした。魂が、翠の魂が切り刻まれて頬を伝い落ちている。 『打上花火』は、アウトロに入った 
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