第12話 落車

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第12話 落車

 その翌朝、津久田駅で翠は首を傾げた。  アイツ、當麻君って言ったっけ、今朝も乗って来ないな。昨日結構親しくなったのに、何を遠慮しちゅう・・・。  クラスが違うので慧が何時頃登校するのか、翠は知らない。1組とか言ってたけど、わざわざ見に行くのも変だし、ま、いいか。男子の考えとることは判らん・・・。翠はスルーした。しかし、そのまた翌朝、 『津久田、津久田です。右側の扉が開きます』  列車が停車する直前、翠は見つけた。なに?  扉が開き、乗車して来たのはあの慧だった。半袖シャツの腕や手が包帯と絆創膏だらけ。若干足を引き摺っている。そしてほのかに香る湿布の匂い。翠は呆気にとられた。 「當麻君、どうしたの? 喧嘩?」  慧は引き攣った笑いを浮かべた。向かい側のオッサンも新聞を下げて慧をまじまじと見ている。 「まさか。恥ずかしいんだけどさ、一昨日(おととい)の帰り道で落車してさ」 「落車?」 「うん。後ろのタイヤが路面の段差で滑ったみたいで、いきなり足払い喰らったみたいになって道路に放り投げられた」 「えー!? だ、大丈夫? 骨とか折れとらんの?」 「うん、まあもしかしたら肩の辺りはヒビ入ってるかもなんだけどね、色が変わっちゃってるから。でも手足は擦過傷だけ」 「色が変わる?」 「うん。今はここら辺が、いてっ、一面内出血で青紫になってて、きしょい」  慧は右手で左肩を指そうとして顔を(しか)めた。 「ええー?」 「治って来ると黄色くなるんだってさ。信号なら逆だろって思うけどねー。時速30キロ近かったから仕方ないよ。頭も路面で強烈に打ったんだけど、ヘルメットのお陰でノーダメージ。大事だね、ヘルメットは」  慧はまたぎこちなく笑った。翠は呆れて慧を見つめた。 「よくそれだけで済んだね」 「まあね。後ろから車が来てたら完全に轢かれてた。対向車も無かったし、そこはラッキーだっだ」 「暫くロードバイクはお預けね」 「うん。全治1ヶ月だからその間は運動禁止って言われた。自転車も上手く変速しなくなってるから、早く診てもらわないと。グローブもアスファルトで擦れてボロ切れになったし」 「身体が先でしょ。でもなんかごめんね。あたしが乗りたいとか言ったから」  慧は思わず手を振り回し、また痛みに顔を(しか)める。   「秋丸さんは関係ないよ。あそこに行ったのは俺だし、秋丸さんがいなくても走って帰ったんだから」 「うーん」 「でもピアノ、凄く上手いね。俺、ホントにびっくりしたんだ」 「あはは。文化祭の伴奏の練習だったけど、ちょっと気持ち入っちゃって、なんか恥ずかし」  なんで泣いてたの? なんて、やっぱり聞けないな。翠の目が窓の外、海も空も突き抜けたずっと遠くを見つめている気がしたからだ。慧も窓を振り返った。車窓には建物だらけ。しかしその向こうには海がある。秋丸さんは何を見ているのだろう。何が彼女を駆り立てているのだろう。慧は踏み込めない一線を感じた。 『間もなく、結浜、結浜に到着です。鴨井方面はお乗換です』  電車が減速する。翠は我に返ったようだ。 「やっぱりあたし、原付のままにしよう」 「え?」 「指を怪我するの、今はヤバいから」  ああ、そう言うこと。慧は改めて絆創膏だらけの自分の指を見る。確かに彼女の指がこんなになるなんて想像もしたくない。  電車が停まり、ドアが開く。慧はゆっくりしか歩けない。 「當麻君、学校から担架持ってこようか?」  翠は真面目に笑った。
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