第13話 激奏

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第13話 激奏

 全治1ヶ月とは言え、文化祭からは逃げられない。慧はクラス劇の端役を免除されたが、代わりに裏方の仕事が回って来た。モニターを見ながら、控えている出演者に合図するだけの座ったままの仕事である。それでも劇の進行具合や、出演者の癖を知っておかねばならないから、稽古には立ち会った。  文化祭本番日も早目に登校する。校門を通って練習会場の講堂まで足を引き摺りながら歩いて行く。すると自転車置場の異様な光景が目に入った。  え? バイクが置いてある・・・。  ナンバーがピンクの小型自動2輪。車種など詳しいことは判らないが、タイヤが小さめの、自転車で言うミニベロのようなバイクだ。色は漆黒ボディに赤ホイール。小さいくせに形は一人前で、飛びかかってゆきそうな姿勢である。  慧は足を引き摺って近づいた。  バイク通学は禁止だから、先生の? いや、もしや先輩かな。文化祭の見学や指導とかで来ている可能性はある。あ、でも土曜日だし、朝早いから見つからないと思って来た生徒かな。結高にもその程度のヤンチャはいる。知らねぇぞ、停学になっても。  にしても、だ・・。なかなかかっけぇな。黒毛の仔馬みたい。  半ば呆れながら感心して、慧は教室に向かった。校舎内では早くも大勢の生徒が走り回り、看板やら垂れ幕やらが文化祭を盛り上げている。 +++  午前中にクラス劇を終えた1組は、その後、1日半は全くのフリーである。慧も一緒に校内を回ろうと声を掛けられたが、如何せん歩みが遅い。面倒になってそのまま慧は講堂に居残っていた。午後からは4組の合唱もある。秋丸さんが伴奏とか言ってたヤツだ。蒼馬もどんな(ツラ)して歌うのかじっくり見てやる。慧は最前列に陣取り、時を待った。 +++ 「次は2年4組の合唱、『打上花火』です。指揮は稲垣正大(いながき しょうだい)君、伴奏は秋丸翠さんです」  MCの紹介が終わるとするするっと幕が開く。居並ぶ4組の生徒たち、見知った顔も多い。指揮者台に立つのは、確か吹部の奴だ。そして左隅にはピアノの前に、ひとり違う制服を着た翠が座っていた。照明の加減で顔色までは判らない。慧は息を吸い込み見守った。  指揮者のタクトが上がり、翠に合図を送る。翠は頷いて両手を鍵盤に置く。お馴染みのイントロが始まった。  ♪♪♪♪♪♪♪♪ ♪♪♪♪♪♪♪♪  穏やかに女声コーラスが始まり、男声が穏やかに重畳する。しかしそこからは、コーラス以上にピアノ伴奏がさく裂した。 ♪『ぱっとひかってさいたー はーなびをーみてーぇたー』♪ ※  体重を乗せた重い音が、グランドピアノの屋根の反響をフルに使って響き渡る。慧は息を呑んだ。  最初のサビが終わり、間奏が穏やかに入る。そして男声コーラスが歌い、ピアノは速いアルペジオで伴走する。 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪  二回目のサビからまたピアノの激奏が始まる。曲が終盤にかかり、伴奏メロディは憂いを帯びて来て、コーラスの声が慧の耳に入って来ない。秋丸さんの水晶の瞳と情景が重なる。  そして最後までピアノは高らかに波音を奏で、コーラスの声をその上に乗せた。講堂を埋め尽くした生徒たちはその迫力に、心をぎゅっと掴まれた。  アウトロが流れる。引き波のように静かに、小さな白い泡たちを浜に残して、遠い沖合へと去ってゆく。  最初はパラパラと小さかった拍手が急に盛り上がった。  慧はそこを動く気にはなれなかった。あれが・・・、あれが秋丸さんなんだ。涙の理由(わけ)が波になって講堂中を押し流した。  ※ 歌詞引用 米津玄師 打上花火(JASRAC管理楽曲)
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