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第14話 黒い仔馬
講堂での、その日最後の演目が終わった。立ち上がろうとしてよろめきかけた慧に、不意に声がかかった。
「當麻君、もう帰る?」
激奏を終えた翠だった。
「え、あ、うん」
「じゃあさ、一緒に乗ってかない?」
「え? 何に?」
「この前のお返しをしようかなって思うて、これを借りてきたんよ」
翠は後ろ手に抱えて来た丸いものを見せた。
「ヘルメット?」
「うん。今朝は早かったから、電車あんまり無くて、もういいやってバイクで来たんよ」
え? まさか
「あの駐輪場の黒いバイクって秋丸さんだったの?」
「そう。先生にめっちゃ怒られた。バイク通学は禁止だぁって。そんなん、知らんかったし」
慧は思わず吹き出した。
「あはは、やるなあ秋丸さん。俺、てっきり先生か先輩と思ってた。かっけーバイクだよね。黒い仔馬みたいって思った」
「有難う。小さいけどコロコロよく走るよ。で、後ろに乗せたげるから」
「うしろ?」
「うん。一応二人乗れるのよ。狭いけどね、當麻君なら大丈夫かな」
翠はゆっくり歩く慧の隣を、介護士のように付き添いながら駐輪場までやって来た。
「ちょっと待っとってね」
サイドにぶら下がっていた自分用のヘルメットを外して被り、リュックをお腹にかかえる。そしてハンドルロックを解除すると、『よいしょ』とバイクを手で押してバックさせた。切り返した翠は、タンデムステップを出す。
「シートの後ろの方に座って、ここに足をかけるのよ」
翠はまず自分がシートに跨り、バイクを起こした。
スカートなのにバイクにまたがってる…。
慧は目のやり場に困りながらヘルメットを被り、シートの後端に跨った。
「走り出したら足をステップにかけてね」
言いながら翠はキーを捻ってスターターボタンを押し、サイドスタンドを足で蹴り上げた。
ブルンブルブルブル… エンジンが始動する。
「あたしのお腹に手をまわして。リュックあるからその下に」
「あ、ああ」
聊か恥ずかしい。女子のお腹に手を回すって、上げたらあれだし、下げたらあれだし…。
「行くよ」
翠はクラッチを切ってペダルを踏み、スロットルを回しながらクラッチをつなぐ。黒い仔馬はじわっと前進した。
当たり前だが校内は徐行。校門でウィンカーを光らせ左右を確認する。周囲の生徒が呆気に取られている。
「よし!」
突然黒い仔馬は道路に飛び出した。慧は慌てて翠の背中にしがみつく。自転車とは加速度が違う。翠は軽快にギアを上げ、黒い仔馬はギャロップに入った。
国道をトコトコ走りながら、翠は叫ぶ。
「まだ道がよく判んないけど、もう少ししたら海が見えるから。海が好きやろ? 當麻君」
「え、うん、なんで?」
ヘルメットの中で、もごもご言ってる慧を翠は笑った。
「だって毎朝電車から海をじっと見よったやない」
「判った?」
「当たり前。背中に目があるもん」
「え?」
「冗談よ。當麻君、判りやすいから好き」
好き? その言葉、どう解釈したら…、いや油断するな慧、この子には4組の連中がコテンパにやられてんだ。
「だからぁ、この前に行った道の駅まで行くね。海が見えるし」
「はい、ありがとう…ございます」
敬語になった慧を笑っているのが、翠の背中の振動で判る。距離近いな、これ。こっちのドキドキも背中の目で伝わっちまう。改めて慧はドキドキした。
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