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第17話 地震
それは文化祭の余韻も消えかけた水曜日のことだった。2年4組はちょうど現代文の授業中。先生が次のフレーズを誰に読んでもらうか一瞬思案した時、
ガタガタガタ!
地震! 誰かが叫ぶ。
「机の下! 入って!」
先生が叫び、教卓に掴まりながら生徒たちが机の下に隠れたことを確認、自らもしゃがみ込んだ。
揺れは収まらない。数秒を経過した時、更に揺れが大きくなった。2階の教室全体が揺さぶられる。
「いやーっ!」
女子の悲鳴が聞こえた。
「だめーっ! いかんって! 車から逃げてーっ」
翠だった。頭を抱えて丸くなっている。隣の席の萌音が咄嗟に翠の机の下に移動して、翠の手を握り肩を抱いた。間もなく揺れは収まり、先生の声で校内放送が流れた。
「お知らせします。只今の地震は震度4とのことです。先生方は教室などに異常がないかチェックして下さい。異常が無ければ、生徒の皆さんは、念のため校庭に集合して下さい。繰り返します、生徒の皆さんは順序良く、校庭に集合して下さい。また余震があるかも知れません。避難訓練を思い出して、冷静な行動を心掛けて下さい」
クラスはざわつき出す。現代文の先生は教室を一回り見回った。
「よし、廊下側の人から順番に校庭に出て。押し合わないように。余震があったら、ガラス窓の傍を避けて、揺れが収まるまでその場にてしゃがんで待機して下さい。はい、すぐ行動!」
落ち着きを取り戻した生徒たちは順番に廊下に出てゆく。翠は涙を拭った。
「萌音ちゃん、有難う。ごめん、パニクって」
「ううん。誰だって怖いもん。気にしないで」
それ以降、余震はなく、30分後には生徒たちは教室に戻って授業が再開された。翠も平生に戻っていた。しかし、萌音の中に疑問が残った。翠の叫んだ言葉である。何か理由がありそうだが、本人は終業と同時に帰宅してしまっている。萌音は蒼馬に相談した。
「ふうん、先生に話してみようか?」
二人は放課後の職員室を訪ねた。翠が叫んだ件は、現代文の教師から担任教師には伝えられていなかった。
「ふうん。そうだったのか・・・」
「秋丸さん、何かがトラウマになっていませんか? 避難訓練も必死だったし」
萌音は担任に訴えた。担任は二人を手近な椅子に座らせた。すると後ろから沙奈が顔を出した。
「おやおや、お二人さん、お説教頂いていますかぁ? まさか・・・赤ちゃん出来た?」
蒼馬が振り向いた。
「違うわい。今日さ、地震の時に秋丸さんパニックになったろ? ちょっと心配だって萌音が、いや高馬さんが言うから」
「ああ、あれね。じゃ、ご一緒しよう」
担任は少々顔を曇らせたが結果的には沙奈もパイプ椅子に座らせた。
「ま、秋丸さんと親しい高馬さんには知っておいてもらった方がいいかも知れんから話すけど、この件は個人の事情に関するものだし、三人以外には絶対口外しないで欲しい。判ったね」
担任の真剣な顔に、三人は頷かざるを得なかった。
「秋丸さんはね、ご両親を亡くしてこっちに来たんだよ」
三人は息を呑んだ。
「春に四国であった地震でね、ご両親が乗った車が地震による土砂崩れに巻き込まれて、海まで流されたんだ。丁度、花火大会の日で、秋丸さんはご両親と一緒に見る筈だったそうだ。たまたま彼女はピアノのレッスンがあって無事だったんだがね、自分だけが生き残ったし、相当なトラウマになっていると思う。向こうで一人で頑張るって言ってたそうだが、心配した叔母さんが引き取って、今はそこから通っているんだよ。避難訓練も必死になるよ、そりゃ」
突然沙奈が両手で顔を覆って唸った。
「そんな。そんな子に、私、打上花火を弾かせちゃったの? なんて酷い、酷いことした・・・」
萌音が沙奈の背中をさする。担任も悲し気な表情だ。
「仕方ないさ、小川は知らなかったんだから。そう言うことだからちょっと注意して見た方がいいんだ。何かおかしなことがあったら、すまんが私まで知らせてくれ。それでさっきも言ったが、他には口外しないように頼む」
ふらふらと立ち上がる沙奈を挟んで、蒼馬と萌音は重い足取りで職員室を出た。誰も何も言えなかった。
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