第22話 運命

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第22話 運命

 事態は沙奈と萌音が想像している以上に進んでいた。  4組の授業が少し早めに終わった日のことだ。他のクラスの生徒が昇降口にまだ現れていないのを良いことに、4組のアッパーレイヤの女子4名が1組のシューズロッカーの前で固まっている。  そこへ翠が現れた。 「ちょっと秋丸さん」  翠は怪訝な顔で4名の方を伺う。一人が前にぐいっと乗り出す。 「あんた、いい気になってんじゃないわよ」 「いい気? 何のこと?」 「稲垣君が告ったって、只のお遊びよ。判ってるよね?」 「別に告られてないけど。お誘い受けただけ」  別の女子が出て来た。 「転校早々の実力テスト1番はおめでとうだけど、ウチらが習ってないことがいろいろ出たからよ。あんたがたまたま前の高校で習ってたってだけよ。判ってるよね」  他の二人もうんうん頷く。アッパーレイヤだけあって、成績もそこそこのメンバーなのだ。  翠は顔を曇らせる。 「知らないよ、そんなの。今の時点でのテスト結果なんて何の保証にもならんし」 「上手く逃げるよね」 「何から逃げるんよ。あんたら、何が言いたいのかさっぱり判らん」 「バカなの? 身の程(わきま)えろって言ってんのよ!」 「そうよ、謝ってよ!」  流石の翠の表情も険しくなる。 「『謝る』の意味、知ってるの? 自分に非がある場合に謝るのよ。あたしに何の非があったって言うの?」 「さっき、言ったでしょ!」 「どっちもあたしが原因やないよね。誘ってきたのは稲垣君やし、テストの内容なんてそもそも知らんし」 「何が『稲垣君やし』よ! それが己惚れだって言ってんのよ」  翠はため息をついた。 「全然、意味、判らん」 「何ですって!」  理不尽であることは4人も判っている。翠の落ち着いた態度に引っ込みがつかなくなっただけだ。  最初に乗り出した女子が、翠との間合いを詰めて手を上げようとしたその時、 「ここで喋んないでもらえる? シューズロッカーに行けないんで」  (とぼ)けた声が聞こえた。 +++  その日の授業が終わって、慧は誰よりも早く教室を出た。今朝もいつもの電車に翠の姿はなかった。微妙なところだ。会いたいような、会えば却って気詰まりなような。  それにしても稲垣のやつ、翠ちゃんに何を言ったのだろう。海の観察データをどう使おうと思っているのだろう。慧は翠の言葉を誤解したままだった。ずっと考えているのに何も浮かんで来ない。稲垣と翠ちゃんに共通するのは音楽。音楽と海の関係。勿論、海をモチーフにした音楽なんて山ほどある。そんな単純な話なんだろうか。  悩みながら階段を降りて昇降口へと向かう。煮詰まりつつある慧の視界は一次元だ。まるで蟻の巣の通路。そこに何人かの女子生徒が立ちはだかっている。慧の目にはスカートしか目に入らなかった。 「ここで喋んないでもらえる? シューズロッカーに行けないんで」  無意識の慧の言葉に、スカート達はあっさり退いた。慧は目の前の1組のシューズロッカーに進む。ダッシュだ。とにかくダッシュで帰らねば。海を眺めれば何か思いつくかも知れない。その日の慧の頭は単細胞だった。 +++  割り込むように現れた慧の(とぼ)けた声は、アッパーレイヤの4名に水を掛け、後ずさった4名は散り散りにいなくなった。翠は靴を履き替えると、足早に慧を追った。先程の慧の目に翠は全く入っていないようだった。偶然? それとも・・・。    しかし、慧はどこへ消えたのか、通学路には見当たらなかった。  これって、運命なのかな・・・。翠はまた落ち込んだ。
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