第23話 帰りたい

1/1
前へ
/30ページ
次へ

第23話 帰りたい

「珠ちゃん」 「ん?」  四見駅から徒歩数分のマンション4階の1室で、翠は叔母に話しかけた。翠を引き取ってくれた母の妹、庄司 珠季(しょうじ たまき)である。 「あたし、やっぱり家に帰りたい」 「え? どうしたの? 学校で苛め?」 「ううん。そうじゃないけど、家で一人暮らししたい。ここらは水が合わん」  珠季は真剣な顔で翠に向かい合った。翠の心の傷は計り知れなく、一人にするのが心配で引き取ったのだ。かと言って仕事があるから、自分が四国に引っ越す訳にも行かない。 「でもさ翠ちゃん、高校の再編入は難しいよ。前の学校に入れる保証はないし、せめて高校を卒業してさ、成人になってから一人暮らししないと結構大変なのよ」  翠は俯いた。 「なるはやがいいの」 「何かあったの?」 「別に・・・」 「じゃあなんで急に?」 「前から思うとった。ここは遠過ぎる。あの海から」  やっぱり・・・。珠季はため息をついた。姉夫婦を吞み込んだ海。憎い海だが、離れたくない海でもある。『海は繋がってる』なんて屁理屈に過ぎないのだ。この子はあの海が愛しいと思っている。尤もなことだ。さて、どうしたもんだか。 「じゃあさ」  珠季は一計を案じた。 「来月にね、地震の1周忌の慰霊祭があるのよ。翠ちゃんは遺族になるから一応招待されてるの。ただ未成年だから、都合にお任せしますって役場の人から連絡をもらってる。それに一緒に出ようか。それで、その時にさ、役場に相談してみよう。取り敢えず家はあるけど、世帯主がどうとか、扶養がどうとかの話があるのよ。今は暫定的にお祖父(じい)ちゃん名義にしてあるから、そこに翠ちゃんが住むとなると、一体どうしたらいいのか判んないから」 「慰霊祭、いつ?」 「うーん、3月の初めの方だったと思うよ。ぴったり1年後じゃなかったな」 「じゃ、テスト終わってるから行ける」 「要は学校の問題なんでしょ?」  翠はこくりと頷いた。 「結浜高校って、まあ評判はいいんだけどね。そこそこのレベルだし、部活も盛んで勉強だけじゃない子が多いって聞くけどね」 「そう言う話じゃない」 「そう? でもね、今から四月編入は間に合わないと思うよ。私立ならあるかもだけど、家から通える私立ってあったっけ? 奨学金も考えなきゃだし、ハードル高いかな」 「それも判ってる」  珠季は姪の頭を撫でた。 「そう言うのも含めて相談しよう。私も有休とってしばらく居るようにするよ」 「ありがとう。ごめんなさい」  突然独りぼっちになった姪っ子を、珠季はそっと抱き締めた。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加