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第23話 帰りたい
「珠ちゃん」
「ん?」
四見駅から徒歩数分のマンション4階の1室で、翠は叔母に話しかけた。翠を引き取ってくれた母の妹、庄司 珠季(しょうじ たまき)である。
「あたし、やっぱり家に帰りたい」
「え? どうしたの? 学校で苛め?」
「ううん。そうじゃないけど、家で一人暮らししたい。ここらは水が合わん」
珠季は真剣な顔で翠に向かい合った。翠の心の傷は計り知れなく、一人にするのが心配で引き取ったのだ。かと言って仕事があるから、自分が四国に引っ越す訳にも行かない。
「でもさ翠ちゃん、高校の再編入は難しいよ。前の学校に入れる保証はないし、せめて高校を卒業してさ、成人になってから一人暮らししないと結構大変なのよ」
翠は俯いた。
「なるはやがいいの」
「何かあったの?」
「別に・・・」
「じゃあなんで急に?」
「前から思うとった。ここは遠過ぎる。あの海から」
やっぱり・・・。珠季はため息をついた。姉夫婦を吞み込んだ海。憎い海だが、離れたくない海でもある。『海は繋がってる』なんて屁理屈に過ぎないのだ。この子はあの海が愛しいと思っている。尤もなことだ。さて、どうしたもんだか。
「じゃあさ」
珠季は一計を案じた。
「来月にね、地震の1周忌の慰霊祭があるのよ。翠ちゃんは遺族になるから一応招待されてるの。ただ未成年だから、都合にお任せしますって役場の人から連絡をもらってる。それに一緒に出ようか。それで、その時にさ、役場に相談してみよう。取り敢えず家はあるけど、世帯主がどうとか、扶養がどうとかの話があるのよ。今は暫定的にお祖父ちゃん名義にしてあるから、そこに翠ちゃんが住むとなると、一体どうしたらいいのか判んないから」
「慰霊祭、いつ?」
「うーん、3月の初めの方だったと思うよ。ぴったり1年後じゃなかったな」
「じゃ、テスト終わってるから行ける」
「要は学校の問題なんでしょ?」
翠はこくりと頷いた。
「結浜高校って、まあ評判はいいんだけどね。そこそこのレベルだし、部活も盛んで勉強だけじゃない子が多いって聞くけどね」
「そう言う話じゃない」
「そう? でもね、今から四月編入は間に合わないと思うよ。私立ならあるかもだけど、家から通える私立ってあったっけ? 奨学金も考えなきゃだし、ハードル高いかな」
「それも判ってる」
珠季は姪の頭を撫でた。
「そう言うのも含めて相談しよう。私も有休とってしばらく居るようにするよ」
「ありがとう。ごめんなさい」
突然独りぼっちになった姪っ子を、珠季はそっと抱き締めた。
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