第2話 3両目2番目のドア

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第2話 3両目2番目のドア

「えっと白波は~、七つ、八つ、… 10以下だな」  高校2年生の當麻 慧(たいま けい)は、毎朝乗っている通学電車のドアの窓から海を眺めて呟いた。両手の指で四角形を作り、その中に見える波を数えていたのだ。 「風力は3ってとこか。海の色はいつもと変わらんし、雲量は4。空にも異常なし」  車窓の風景から海が消えると、慧はスマホを取り出して、ブツブツと言いながらタップを始める。 「それから、ウミネコに変わったところはなかったから、動物の異常行動は無し、っと」  客観的には気持ち悪い男子にしか見えないのだが、隣で新聞を広げるオッサンは気にしていない。何故ならそれが毎朝の光景だからだ。津久田駅を7時40分に発車する電車の前から3両目、2番目のドア脇で、慧がこうやって海の記録を取り始めて1年以上になる。  海の色を見るだけで、その日の漁の出来不出来を予想する漁師だっているのだ。きっとこの記録が役に立つ日が来るに違いない。この地域に、そう遠くなく予想されている大地震や津波を事前に探知するためのデータになる可能性がある。慧は高校生らしい、そんな一途な思いから、毎朝の記録作業を自らに課していた。これに気象庁の発表データを加えて3年間蓄え続ける。大学に進んだ暁には、それを元に自然災害予知の研究をする。慧は真面目に考えていた。  慧は三浦半島の南部に住んでいる。自宅は海岸から2キロほどの場所。津波被害に遭う可能性のある地域だ。しかも付近の火山帯は今も活動を続け、あの富士山だって噴火の恐れがあると言う。万一が起こった場合、被害を被るのは自分たちなのだ。政治家や役所に任せてはおけない。自分たちで何とかしなきゃ。慧は使命感に燃えたオタク少年だった。  しかし・・・、 +++  あ?  9月1日。2学期始まりの朝、慧は呆気に取られた。いつもの電車のいつもの場所、そこに異変が生じていたのだ。  慧が海を観察するその立ち位置に、その朝は一人の女子高生が立っていた。ホームに滑り込んできた電車のドアの窓から、新聞を広げるオッサンと、その隣でじっと立ち尽くし外を凝視する女子高生が見えたのだ。一年以上守り続けた俺の指定席に。  ドアが開く。慧は止む無く二人の間を抜けて、女子高生の背後に外を向いて立った。間もなくドアが閉まり電車が発車する。慧は背伸びをして女子高生の肩越しに窓の外を見る。しかし、電車が揺れると女子高生のポニテも揺れて視界を妨げる。  なんなんだ。あんたは一体何なのさ。心の中で毒づく慧と、そんなことは知らない女子高生。事情を知れば、極めて滑稽な光景だった。 +++  女子高生は津久田駅の一つ始発寄りの、四見(よつみ)駅から乗っていた。たまたま階段の前のドアから乗車したに過ぎない。目の前のオッサンはドアに半身をもたれさせ、新聞を広げている。仕方なく彼女はオッサンと目を合わさないよう、ドアの外を向く。するとドアの小振りの窓から朝日と海が見えた。見たいような、見たくないような海。  揺れる気持ちを押し殺して外を眺めていたら、次の駅から男の子が乗ってきた。一瞬、あたしを睨んだ気がしないでもない。なに、こいつ。ま、どうでもいい。彼女は外を眺め続けた。
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