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第6話 避難訓練(1)
2学期始まりの月は防災月間でもある。県立結浜高校でも、全校規模の避難訓練が行われた。想定は大地震、後に津波。一旦全校生は校庭に出て、その後、速やかに学校の背後の小高い丘にある『かえで公園』に避難する。そんな訓練だ。蛍光灯が落ちたり、書棚が倒れたり、ガラスが割れたりの被害も想定し、一部の生徒は救護班を割り当てられている。
2時間目の途中で校内放送が流れた。
『訓練です。ただいま、震度7の地震が発生しました。津波の到来も予想されます。全校生徒は直ちに校庭に集合して下さい。救護班は担架と救急箱を持って救護活動に当たって下さい。繰り返します・・・』
生徒は一斉に立ち上がる。教師が扉を開けて叫ぶ。
「直ちに避難せよ。押し合わず順序良く階段を降りて避難しなさい!」
生徒たちはたちどころに教室を出て・・・とは残念ながらならなかった。揺れもしていないのだから実感はない。授業が無くなるからラッキー程度のノリで、ざわざわしている。
「さっさと教室出ろ!」
「あー、まだ外、暑いよなあ」
「ねぇねぇ、日焼け止め持ってる? かえで公園って屋根ないよね?」
「あー、私、日傘持ってくよ」
「いいなー。じゃあ私、じゃがりこ、持ってこ」
「遠足かよ!」
「こぉら! 荷物は持つなぁ!」
廊下には各クラスの生徒たちがだらだらと出て来て、階段へと向かう。お喋りは止まらない。慧も喋りながら階段へと向かった。
「押すなよ~、絶対押すなよ~」
「ここで言うか!」
「バッカヤロ、まじで転んじまうよ」
「あの娘が抱き止めてくれるよ~」
笑い声が起こる。その時、背後から高い声が響き渡った。
「こんなんじゃ、みんな死ぬよ! さっさと降りにゃ津波まで20分しかないよ!」
誰の声? みんなが振り返る。慧も思わず振り返った。しかし後ろから生徒たちが進んで来る。生徒の列が混乱し、背伸びをした慧は、階段手前で無様に転倒した。
「うわー」
「何やってんだよ」
「いて。いてて・・・」
柱の角で脛を思いっきりぶつけた慧は足を抱えて転がった。再び高い声が響き渡った。
「救護班どこ? 怪我人まじで発生」
「救護班って誰だっけ」
「あー、先に降りってたんじゃない?」
依然のんびりした声が飛び交う。
「ちょっと、道開けて!」
転がっている慧の元に、声の主が小走りにやって来た。慧はじんじん痛む脛を撫でながら立ち上がろうとする。
あ、こいつ・・・。
その『こいつ』は慧を見て叫んだ。
「あんた、丁度ええから、足、骨折して歩けんことな!」
え? 俺、怪我人想定? 歩けんことって・・・。
「救護班! 早く!」
救護班担当の女子生徒が救急箱を持ってオタオタとやって来た。
「包帯とか巻いたことないから判んないよ」
「今は要らん! 先に連れ出すよ。手当はあとからでええ。あたしも救護班やるからついて来て!」
その剣幕に、慧もよろよろと立ち上がろうとした。
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