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第8話 土佐犬
翌朝、慧は電車を一本ずらした。入学以来初めてのことだ。何となくあの彼女と相対するのが恥ずかしかったのだ。
結浜駅から学校に向かってぶらぶら歩いていた慧は、背中をバチコンと叩かれた。
「おはようございます。骨折した慧さん」
また蒼馬だった。おまけにその後ろには高馬萌音までが居る。二人はクラス公認のカップルなのだ。
「何言ってんだよ、何ともねぇわ」
「担架の乗り心地は如何でしたか。担架持たされた木下と矢野がめっちゃボヤいてたぜ。部活よりキツイって」
後で萌音がくすっと笑う。そうだ、この二人は同じクラス。ってことは・・・、
「な、蒼馬。昨日、俺、誰に救助されたんだ?」
「なんだよ、知らないのか?」
「知らねぇよ。ってか、知ってんだけど、名前とかは知らない」
「そうなの? 秋丸さんだよ。名前は~」
「翠ちゃん。秋丸 翠ちゃんよ」
萌音が助け舟を出した。蒼馬が続けた。
「2学期から4組に来た転校生なんだよ。四国からだっけかな?」
転校生・・・なるほど。それで制服が違うのか。
「慧さん、あの子が気になりますかな?」
「気になるって言うか、毎朝同じ電車なんだよ。同じドアに乗ってる」
「ふうん、ま、気になってもやめた方がいい」
蒼馬がきっぱり言った。
「なんで?」
「昨日、見て判ったろ。美人だからって声掛けた連中が、みんなコテンパにやられてんだ」
「え?」
「でも、いい子なのよ」
萌音は少々不満気だ。蒼馬は萌音を見て言った。
「だけど、ウチのクラスの派手系女子もメじゃないじゃん。カースト上位も戦々恐々。頭いいし、運動も出来る。前は県立のトップ校にいたってよ。県立高校の編入だからさ、ランク下がるんだよ。みんな陰で土佐犬とか言ってるし」
と、土佐犬・・・。
慧は化粧まわしをつけた狂暴そうな大型犬を思い起こした。いや、そこまでじゃないと思うけど・・・。だって水晶の瞳なんだから。
「優しいよ。とってもピュアだし」
萌音がなお言い募る。慧は空を見上げた。
「高馬さんの意見も正しい気がする」
しかし慧は、昨日肩を貸してもらった彼女はとてもいい匂いだった、なんて言えなかった。
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