異質の邂逅 三

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異質の邂逅 三

 スフィリスに複数ある港のひとつに、目当ての船は泊められていた。  整備士や搭乗者が忙しなく行き来する音が、背後からネイサンの耳をくすぐって去っていく。イェトは港の管理者と話をしに行っていておらず、今は彼ひとりだった。  ネイサンがスフィリスの港に来るのは久しぶりだ。夢を抱いて故郷の星を出た先で人攫いに襲われ、理不尽に連れて来られて約一年。ここに立つのは人生で二度目だった。 「……一年、か」  こんな場所にいるからか、それとも船を前にしているからか。いつもなら考えないようにしていることが頭に無限に湧いてくる。  故郷を出た時の記憶、心配かけているだろう家族のこと、同じ連絡船に乗りスフィリスでバラバラになった同乗者たち、そして――――故郷を出るきっかけともなった、夢のこと。  イェトに渡された、手の中の鍵を見る。何の変哲もない、ボタン式の鍵だ。賭けで手に入れたのは安物の船のようで、生体認証システムの類は備わっていないようだった。 「……これから、これを動かすんだよね」  顔をあげて、目の前にあるオーソドックスな三角翼の小型宇宙船を見る。イェトがネイサンをここに残したのは、出発前に機体のチェックをさせるためだ。つまり今、ネイサンはひとりでこの船に乗り込むことができる。 「…………」  チャンスだ、と頭の中の自分がささやいた。  今、ゲートスタッフに声をかけて発着ゲートを開けてもらえば。この船にひとりで乗り込んで、出発させられれば――――ネイサンは、自由の身になる。  イェトも、派遣屋の店主も、ネイサンの行きたい場所なんて知らない。イェトはそもそも船を持っていないだろうから追いかけられないはずだし、店主は追いかけられたとしても行き先がわからないだろう。  チャンスだ、と頭の中の自分がもう一度ささやくのを感じながら、ネイサンは一歩が踏み出せずにいた。自分をそそのかす声とは反対側から、本当にいいのか、と声がする。  いいのか、イェトを裏切っても。この星で初めて自分の名前を聞いてくれた、まともに扱ってくれた人を裏切るなんて――だがこんな千載一遇のチャンスを逃す余裕も、自分には――――  ドスッという鈍い音がした。 「――?」  不意に首に衝撃が走り、目の前が暗くなる。自分に何が起きたのか理解できないまま、ネイサンの意識は闇に溶けていった。
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