異質の邂逅 三

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 目を開けても、どこかわからなかった。 「……え?」  ぼやけた視界を晴らす為に目をこすろうとして、腕が動かないことに気付く。そこで初めて、ネイサンは自分が柱に縛られていることに気付いた。 「やーっとお目覚めか」  知らない声が耳朶を打って、ハッとして顔をあげる。自分の正面に、見知らぬ男が立っているのが見えた。 「軟弱だなぁ、アンタ。こっちはかる~く気絶させるだけのつもりだったのによ」  男はそんな失礼なことをのたまいながら、ネイサンと目を合わせるようにしゃがみこむ。その背後には、点々と並ぶ小さな釣り照明とうっすら照らされる箱の山があった。ここは、どこかの倉庫らしい。スフィリスは人も物もよく行き来する街だ。倉庫の類なら数えられないほどあった。 「誰……?」 「うん? そうだなぁ。ジェイとでも呼んでくれ」  男はそう言って、しゃがんだ己の膝の上で器用に頬杖をついた。  一本の三つ編みにされた長いブルーグレーの髪に、細く尖った耳。口も目も弧を描いてはいるが、信用ならない雰囲気のある男だった。  何者かはわからないが、少なくとも今自分が拘束されていることと関係はありそうだ。警戒しながら相手を見ていたネイサンは、男が纏う服にある紋章に気付いた。 「サ=イク……?」  知らず口からこぼれ出たその単語に、ジェイと名乗った男は僅かに目を開き、片眉を上げて見せる。 「よく知ってんなぁ」  一発で見破ったのはアンタが初だぜ、と面白がるような声音で肯定するジェイに、ネイサンは自分の緊張が一気に増すのを感じた。この男が本当にサ=イクなら、下手なことをするのはまずい。  サ=イクとは、スフィリスから遠い星に住む武人の種族の名前だ。三十年ほど前に終わった世界大戦では、その強さから傭兵として特筆すべき活躍をしたと言われている人々で――『血に飢えた戦闘狂』とも呼ばれていた。  先の大戦の影響でその数を減らしたという話が本当だからなのか、それとも単純に距離の問題なのかはわからないが、人種の坩堝(るつぼ)であるスフィリスでも見たことはなかった。ネイサンが気付けたのは、彼らは身に纏うものに必ず共通の紋章を入れていると聞いたことがあるからだ。  目の前の男はただ笑っているだけなのに、今にもネイサンを食いそうな威圧感を持っていた。身一つで兵士1000人に匹敵したと言われる戦闘のスペシャリスト――その強さ故に『血狂い』とまで言われる種族の男を前に、微かに震える歯が音を鳴らさぬよう奥歯に力を入れる。これほど恐怖を感じるのは、故郷を出た先で人攫いに襲われた時以来だった。  ――――黙って従え、金持ちども! のうのうと生きてるお前らに、苦しみってもんを教えてやるよ!!  不意に脳裏に、今でも忘れられない不快な声が響く。  自分勝手で、めちゃくちゃな連中だった。自分さえ良ければそれでいい悪党で、他人を道具としてしか見ていなかった。ただ――奴らは武力を持っていた。 「人を踏みつけて飯食って生きてるだけのお前らにも、人の役に立つ機会ってのを与えてやんねぇとな!」  ネイサンが乗る星間連絡船を襲った集団は、そう言って乗客を全員縛り上げた。奴らの目的は、乗客を奴隷として売りさばくことだった。  何人かは抵抗しようとしたが、すべて返り討ちにされた。ネイサンもそのうちのひとりで、情けないことに返り討ちにあった時に意識を失い、気付けば縛られてスフィリス行きの船に乗せられていた。  運が悪かった、としか言いようは無いだろう。人攫いの宇宙船が星間連絡船を襲っているという噂はうっすら耳にしてはいたが、それはネイサンが乗る予定の星間線ではなかったし、ネイサンは自分の夢を叶えるためにその時その船に乗る必要があった。ただ、目的があって乗っていただけ――――ただそれだけで、人生が狂ったのだ。  ――――なんで、こんなことになるんだ。  あの時も今も、自分は何もしていない。罪になるようなことは一切していなくて、ただわけもわからず理不尽に巻き込まれ、命の危機にさらされている。  ネイサンだって、この世には理不尽なことが多いことは理解している。力なき者は物のように扱われ、力ある者に理不尽に蹂躙される。この世は強き者だけが生き残れるシビアな世界――――そのことはあの時嫌というほど思い知った。だからこそ、スフィリスでは力なき者なりにうまくやってきたつもりだ。歯を食いしばって、情けなさにも耐えて。―――理不尽の所為で死ぬのは、嫌だったから。 「……なんで」  無意識のうちに、ネイサンの口から呟きが漏れた。  なんで、うまくいかないのか。力ないなりにうまくやっていく術を身に付けて、ちゃんとその通りにしていたはずなのに、なぜこうなるのか。死にたくないだけで、誰かの迷惑になるようなことだってしてないのに、なぜ。 ――――僕がいったい、何をした?
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