彼女の目的 一

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「な、なにしたの……?」 「仕事先で殺した連中の中に、バロールの部下がいたんだよね」 「は?」 「あいつと敵対してる小さいギャングのアジトを潰せって言われてたんだけど、その中にバロールが潜り込ませたスパイがいたらしくてさ。でもそれ私達は知らなくて、敵だと思って普通に殺してた」 「え、ええ~……」 「報酬貰いに行った先でそれが発覚して。責任取れって言われてもう一回あいつの仕事する羽目になった」 「もうどこからツッコんだらいいのかわかんないんだけど……」  料理のレシピを読み上げるかのように淡々と説明されるとんでもない状況にくらくらしつつ、「でもさ」とネイサンは続けた。 「イェトは知らなかったってことは、伝え忘れてたバロールの責任でしょ? 断ったらいいのに」 「それはできない」 「どうして?」 「あいつの部下を殺したのは事実だし。……それに、人質取られてるから」 「人質……え?」  意外過ぎるその言葉に、ネイサンは呆気に取られて向かいを見た。傍若無人で我が道を行くイェトに、人質に取られるような弱点となる存在がいる。彼女の言葉をそのまま受け取ればそういうことになるのだが、正直にわかには信じがたかった。先ほどの倉庫の一件で自分もその立場になったといえばなったはずではあるのだが、今彼女が話しているその人質は、なんだかそれとは随分と重みが違う気がした。  イェトは肘をついた手で耳に付けられた金のピアスを軽くいじりながら、ぼんやりした声で続ける。 「相棒がいるんだけど、そいつがバロールに捕まってるんだよね。だから断るに断れない」  ――――お前がを連れてないとは珍しいな。  不意に、酒場で聞いたマスターの言葉が蘇る。あの時はよくわからなくてスルーしていたが、彼が言っていたのはこの『相棒』のことだったらしい。 「前回の報酬も支払われてないから金もない状態で、船を持ってない私に星の外に調査に行けってさ」  理不尽だよねぇ、と本当に思っているのかいないのかわからない声音でイェトが言う。どこか諦めているようにも聞こえたそれに、ネイサンは無意識に眉根を軽く寄せた。彼の知る限り、イェトは『強者』だ。自分とは違い理不尽に屈さず、状況を覆す力を十分に持っている。であれば今回だって―――― 「――直接行ったりしないの?」 「……なんだって?」  ネイサンの問いにイェトは訝し気な表情をした。 「だって、イェトって強いでしょ? バロールの理不尽な命令に従わずに、その人を直接助けに行くことだってできるんじゃ……」  ネイサンの言葉に、金色が数度瞬く。そして、どこか呆れたような色を浮かべた。 「言ったでしょ。バロールは取引相手。あいつからの仕事を反故にしたら、もう二度と取引できなくなるし、報復もあり得る」 「で、でも……」 「それにここはバロールの街だ。あいつと事を構えたら、自由に出入りすることなんて不可能になる」 「それは……」 「スフィリスは人と物と情報が集まる場所。バロールと直接取引してなくても、賞金稼ぎとしては美味しい街なんだ。手離すにはデメリットが大きすぎるんだよ」  イェトの言葉に、ネイサンは知らず知らず視線を落とした。確かに彼女の言葉は正しい。今後のことを考えたら、多少理不尽だったとしてもここは従うのが賢いのだろう。そもそもこんなこと、ネイサンが口を出すべきことではないのだ。領分を間違えた、と反省の念が湧くのを感じつつ、一方で、でも、と彼は思った。  ネイサンとて一年この街で暮らした人間だ。バロールの悪い噂などいくらでも聞いている。拷問好きだとか、気分ひとつで人を殺すだとか、人が死ぬのをショーのように楽しむだとか、その噂は多種多様だが、共通して言えるのは人として信用できたものではない、ということだ。そのうえ、自分のミスを棚に上げて相手に責任を取らせようとする性根の腐った男が、人質を無傷なままでいさせる保証があるだろうか。 「イェトの言うこともわかるけど……でも、さ。もし、イェトがその仕事を終わらせる前に人質が傷付けられて――――」  いたとしたら、と続くはずの言葉が、勝手に喉の奥に消えていく。イェトの金色の瞳が、ネイサンを見ていた。 「その時は――」  氷のように冷たいのに、炎が燃えてるようにも見えるその光に、ごくり、と無意識に唾を飲む。動けなくなったネイサンの耳に、淡々と、それは響いた。 「――――全員、殺すまでだ」
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