異質の邂逅 一

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 『客』はとても小柄だった。2メートルを優に超える身長を誇るナメクジ人間の店主と並ぶとほとんど幼児のようだ。店主に合わせて作られたカウンターから、ほとんど顔が出ていない。  こんな子どもが、あの強情で金に汚い店主を根負けさせたのか?  呆気に取られたネイサンが思ったのはまずそれだった。薄汚れたマントを纏い、フードを被ったその客の外見はほとんどわからなかったが、一見した印象で言えば自分と同じヒューメニアンの子どものように見えた。  子どもがひとりで、しかも客としてこんな店に来るなんて。その不自然さに驚きと違和感を抱いたネイサンは、しかしフードの隙間から己を見るその瞳に考えていたことすべてをかき消された。  顔を隠すフードの影の向こうで酷く印象的に煌めくその金色の瞳は、恐ろしいほどまっすぐネイサンを見ていた。すべてが薄汚いこの街では場違いに思えるほど曇りのない輝きが、ネイサンの脳裏にある光景を描かせる。  この世界のどの宝石よりも美しいと言われる『金色の瞳』。すべてを魅せるそれを持つのは、世界で唯一―― 「お前」 「――!」  どっと体中から汗が噴き出すのを感じた。一度荒く呼吸をして、ネイサンは自分が緊張していたことに気付く。そんな彼に構った様子なく、いつの間にか近くに来ていた声の主はネイサンの正面から彼をまっすぐ見上げた。 「船、動かせる?」  場違いなほど素朴な響きで言われたその問いに、ネイサンは先ほどとは別の意味で呆気に取られた。驚きのあまり返答の遅れた彼に代わり、店主が抗議の声をあげる。 「ちゃんと注文通り、宇宙船(スペースシップ)の操縦士だ! うちで一番の腕の持ち主なんだから感謝してくれよ」  その言葉に、一番も何も、うちで船を動かせるのは僕だけじゃなかったっけ、とネイサンは内心でツッコミを入れた。いかに世界が開かれて久しく宇宙船の星間飛行が当たり前となった今と言えど、操船技術は文字の読み書きよりももっと稀有な能力だ。ネイサンが把握している限り、この店でその術を持っているのは彼だけだった。  わざわざ自分が呼ばれた理由を察しながら、ネイサンは改めて目の前の――正確には目の前よりちょっと下の客の顔を見た。こうして改めて見ると本当に小さい。ネイサンの胸元に相手の頭頂部が来るくらいの高さで、視線を合わせようとすると互いに首が痛くなりそうだった。 「あの……船に乗りたいの?」 「そう。どんな船でも動かせる?」 「どんなでもって言われると、ちょっと自信ないけど……。まぁ、よっぽど特殊なやつじゃない限りは、大丈夫だとはおも……います」  しまった、相手は客だった。諸々の衝撃で素が出てしまっていることに気付き、ネイサンは慌てて口調を直した。この街の人間はネイサンの常識で測れない者ばかりで、どこで機嫌を損ねるかもわからない。丁寧に喋っても怒る者は怒るが、それでもへりくだっておく方がトラブルになりにくい、というのがネイサンがこの一年で得た教訓の一つだった。生き延びたければトラブルは起こすべからず。それが、力なき者なりにネイサンが得た処世術のひとつだった。  どう見ても年下で力も無さそうな相手に怯えている自分を滑稽に感じなくもないが、生き残るためなら仕方ない。そんなネイサンの内心を知る由もない相手は、店主を振り返って「彼、借りてくよ」と声をかけた。どうやら、ネイサンはこの客のお眼鏡に叶ったらしい。 「期間は無期限で、後払いね」  その言葉に店主は形容しがたいうなり声をあげてから、渋々頷いた。 「毎度あり。くそ、あんたがブラッディビーじゃなきゃ上に抗議してるところだ」 「そう」 「だが踏み倒しは認めねぇからな。きっちり払えなきゃ、あんたもバロールのおもちゃ行きだぜ!」 「そうならないことを願うよ」  この星で後払いが成立するなんて。彼らの会話を聞きながら、ネイサンは純粋に驚いた。あの店主が後払いなんていう信用前提の取引に頷くとは思わなかった。いったいどんな手段で説得したのか。  もしかしたら今回の客は、この腐った街の連中とは違うまともな人間なのかも知れない。そんなことをぼんやり思っていたネイサンは、自分の雇い主となった客が何も言わず外に出ていこうとしていることに気付かなかった。
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