異質の邂逅 二

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 その後マスターはイェトと追加で二、三言葉交わし、ふたりの許を去った。立ち去るその背を見送ることもなく、イェトはネイサンを振り返る。 「ネイサン、酒飲める?」 「え? い、いや……」  ネイサンはまだ18歳になったばかりで、酒を飲んだことはなかった。年齢的にはもう飲もうと思えば飲める――そもそも、18歳未満の未成年は飲酒禁止というのはネイサンの故郷の話で、スフィリスの常識は恐らく別だ――が、自分の飲酒適正がわからないまま、治安の悪い場所で冒険する気にはとてもじゃないがなれなかった。  自分よりむしろ、明らかに子どもであるイェトが酒場にいる方がこちらの常識としてはアウトなのだが、と思いつつ、ネイサンは首を横に振った。 「そ。じゃあ酒じゃない方がいいね」  ネイサンの返答に、イェトはそう応えてウェイターらしきロボットを呼ぶ。間を置かずに来たロボットに、マントの間から出されたコインが放り投げられた。ほどなく出てきた小さなコップ二つのうちの一つが、細い三本指につままれてネイサンに差し出される。その行動も驚くべきことなのだが、それよりもネイサンは別のことに戸惑いを感じていた。  世界広しと言えど、この世界で生きる『人類』と呼ばれる人々の八割は五本指を持っている。五本以上あるいは以下の指の種族もいるにはいるが数は少なく、当然三本指の種族だって数えるほどしかいない。そしてネイサンの知識では、三本指且つ朱色の髪と黒い耳を持つ種族など存在しなかった。  ――この子は、いったい何者なんだろう。  店で彼女を見た時からずっとある疑問が、再度ネイサンの頭の中で湧く。朱色の髪に黒い耳、ネイサンで言う所の親指と人差し指中指のような三本の指に『金色の瞳』。そんな身体的特徴を持った種族など、ネイサンは聞いたことも見たこともなかった。――――ただひとつ、幼い頃に聞かされたおとぎ話のような話を除いて。 「どうかした?」  不意に耳朶を打った淡々とした声にハッと我に返る。意識を眼前に戻すと、コップをつまんで差し出したままのイェトが無表情ながら僅かに小首を傾げていた。 「あ、いや、なんでもないです!」  慌てて両手でコップを受け取る。ぼんやりしていたことを追及されるかと思ったが、イェトは何も言わず手を引っ込めると視線をカウンターへ戻した。  自分の分を飲み始めたイェトに倣い、ネイサンもコップに口を付ける。よく冷やされた、すっきりと甘い液体が口に流れ込んできた。ふんわりと優しく香ばしい紅茶のような香りを鼻腔に感じ、ネイサンはとんでもない高級品を口にしている気持ちになった。 「お、おいしい……」  思わず口から感想がこぼれ出る。普段は生ぬるく臭いのする水しか飲めない身としては、もはや感動ものだった。  小さなコップだったから、三口で無くなってしまった。口に残る甘みが消えるのが惜しく、自然と溜め息が出る。一年以上ならこれと似た飲み物だって普通に飲んでいたはずなのに、もう二度と口にできない気すらする、と一喜一憂するネイサンは顔をあげた拍子に金色の瞳が自分を見ていることに気付いた。 「あっ、えっと……!」  人といることも忘れ、飲み物ひとつに夢中になっていた自分に恥ずかしさが湧く。何か言いたいものの言うべき言葉が見つからないネイサンをイェトはしばらく無言で注視した後、ふ、と目を細めた。 「ネイサン、お前ここに来てどれくらい?」 「え? えっと、一年です……?」 「ああ。なるほど」  唐突な問いに困惑しながら答えると、イェトはひとつ頷いてから自分のコップを煽る。いったい何が『なるほど』なのか。最初の問いの意図も含めてネイサンは説明を待ったが、彼が欲しい言葉が出るよりも先に背後から別の声がした。 「テメェがイェトか? ――って、おい奴隷じゃねぇか!」 「!!」  驚きで肩を跳ね上がらせながら振り返る。声をかけてきたのは、人相の悪い二人連れのヒューメニアンの男だった。   「おいおいおい、奴隷の身分で船だぁ? まさか逃げ出そうなんてつもりじゃねぇよな」 「えっ、いや、あの……」  最初に声をかけてきた顔に派手な傷のある男にずい、と迫られネイサンは思わず身を固くする。至近距離にある相手の口から嫌な臭いが漂ってくるが、顔を背けるのは我慢した。それで更に酷いトラブルになったら困る。 「どこの奴隷だ? 逃げようとする悪いやつはちゃんとゴシュジンサマに――」 「余計なお世話」 「うわっ……!?」  不意にぐいっと後ろから引っ張られ、ネイサンは背後にあったカウンターの椅子に腰を強かに打つ羽目になった。振り返ると、ネイサンの首根っこを掴んでいたイェトがその手を離すのが見える。どうやら彼女に引っ張られたらしい。 「この子は無視してくれていいよ。お前が用のある『イェト』は私だから」  無視とは酷い、と思いつつ、確かに自分の出る幕はない。バランスを崩した身体を立て直しながら、ネイサンは大人しく場を見守ることにした。 「船の所有者?」 「ああ。ご希望通りの小型船さ。うちとしても大事な足なんだが、マスターがどうしてもって言うんでな」 「そ」 「……で、テメェは何を賭けるって?」  賭ける、という単語に驚き、そしてネイサンは漸くそこで合点がいった。船の入手のために酒場に来たのは、船を金で買う気が無かったからか。確かに、賭けのような正攻法ではない方法で手に入れるつもりなら、船着き場なんかより酒場の方が適切かも知れない。そもそもイェトは、ネイサンを借りるのに先払いする金がなくて店主と揉めていたようだし、船を買う資金など初めから無かったのだろう。そのことにやっと気付き、ネイサンは自分の鈍感さにちょっと落ち込んだ。  ――でも、何を賭けるつもりなんだろう。  賭けで船を得るのはいいとして、それなら当然イェト側も賭けるものがなくてはならない。だがほぼ着の身着のままに見える上、着ているものも高価には見えないイェトに賭けるものなどあるのだろうか。自家用船も珍しくないとはいえ、スペースシップはそれなりに高価だ。それと釣り合うものなど、ここには―――― 「――――私の命」
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