異質の邂逅 二

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「はっ……?」  その言葉に驚きの声をあげたのはネイサンか、それとも船の所有者の男か。自分でも判断がつかないまま、ネイサンはイェトを振り返った。驚愕の視線を向ける彼に対し、イェトは涼し気な顔のままだ。 「私が勝ったら、お前の船をもらう。お前が勝ったら、私の命をやる」  殺すでも売るでも、好きにしたら。  晩御飯の話でもしているかのような気楽さで、彼女はそう言った。 「ちょっ、何言って――――」 「はっはははは! トチ狂ってんなぁおい!」  我に返ったネイサンが上げた制止の声を、男の笑い声が遮る。 「いいぜ。オレの知り合いに、テメェみたいなガキをのが趣味の金持ちがいるんだ。テメェは珍しい色をしてるようだから、きっとお気に入りになれるぜ?」  男はそう言って、連れとふたりニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。その醜悪さにネイサンが閉口する中、当のイェトは「金にするアテがあって良かったね」と変わらず淡々としている。 「で、内容は? こっちで決めてもいい?」 「いいぜ。なんせ命なんて賭けられちゃあな。賭けの内容くらい決めさせてやらねぇとオレらが極悪人みたいになっちまう」  微塵も思っていないような顔で、男はそう笑いながら言った。子どもに賭けを持ち掛けた身で何を、とネイサンが内心で顔をしかめる横で、イェトがカウンターを振り返る。 「マスター」 「話はまとまったか?」 「賭けファイトでよろしく」 「了解した」  いつの間にか戻ってきていたマスターは、イェトの言葉にあっさり頷くと「それじゃあ」と説明を始めた。 「賭け品はジョン・ドゥの小型船とイェトの命、賭けのルールはファイトだ。場所はあそこでやる」  そう顎をしゃくって見せる牛顔が示す先には、店内のBGMを担当していた楽器隊がいた。 「ファイトルールはいつも通り。どちらかが死ぬか、参ったと言えば勝負は終わり。武器の使用も自由だ」  マスターのその説明が終わるかどうかというタイミングで、誰かが「ファイトだ!」と言った。それを皮切りに、周囲にさざ波のようにざわめきが広がる。それは期待と歓喜のささやきだった。 「誰と誰がやるって?」 「今日は降参はナシにしろよ!」 「血ィ見せろ、血ィ!」 「命賭けるっつったか? 最高じゃねぇか!」 「いいぞ、なぶり殺しにしてやれ!」  四方八方から向けられる好奇と品定めの視線、暴力と刺激を求める声にネイサンは全身が総毛立つのを感じた。元々ネイサンは血も暴力も大の苦手だ。だが今はそれ以上に、幼い子どもが無茶をしようとしている状況に煽り喜ぶ大人たちに嫌悪感が湧いた。  ひとりの少女が己の命を賭けようとしている場で、それを諫めるまともな大人などいない。この街ではそれが当たり前だと頭ではわかっていても、ネイサンは気分が悪くなるのを抑えられなかった。 「イェト――」  どんな理由で船を望み、命まで賭けようとしているのかはわからない。だが宇宙船一つと命が同等の重さをしているとは思えない。どう見てもフェアでない賭けであることは明らかなのに、ここにいる人間の誰もがそれを指摘せず、イェトに獲物(カモ)を前に舌なめずりする捕食者の視線を向けている。彼女がどれほど子どもらしくなくても、こんなまともじゃない場所に居ていいわけがない、と再度イェトを止めようとしたネイサンは、しかし当の本人にその出鼻をくじかれた。 「大丈夫。私が負けてもお前は店に戻るだけだから」 「えっ!? いや、違っ……!」  そうじゃない、と続けるより先に、イェトは椅子から降りて歩き出してしまった。向かう先は、先ほどマスターが示した舞台。楽器隊はいつの間にかいなくなり、まるであつらえたかのようにちょうどいいお立ち台ができていた。 「いいのかぁ? せっかく自分に有利な賭けにさせてやろうと思ってたのに。……ああ、もしかして気付かなかったのか? はぁ~これだから世間知らずのガキはよぉ」  先に舞台に立っていた船の所有者の男――ジョン・ドゥと呼ばれた傷男がニヤつきながら煽ってくる。対するイェトは男に一瞥もくれず、軽やかな動きで舞台に上がった。
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